第18話

「おれ、なんか浮いてませんでした? 挨拶、変でした?」

「いや、別に普通だったと思うが」

「あー…あんたが悪いわけじゃないから安心していい。うちのクラスに転校生とかきたことないから扱いがわからなかっただけだろ」

「そっかー、早くクラスになじめるようにしないとなぁ」


 午後の授業、HRが終わって教室。まさきはかばんに今日使った教科書を詰め込んで帰り支度をしながら、窓から3列目、教卓の前で一番前の席。お隣の席となった王子さまに話しかけた。

 幼小中等部からのエスカレーター組に比べ、高校からの外部進学の方が試験は圧倒的に難しい。まさきは別に学力の低い生徒ではなく、咲玉藩の中学にいたころは学年でもトップクラスにいたくらいだ。登校初日である今日の授業も、予習をきちんとしていたおかげでちゃんとついていけた。

 それでもどこか浮いて見えたのは、挨拶後に王子さまが率先して拍手したり、隣の席についた時「お隣、よろしくお願いしますね栄幸さま」と王子さまを名前で呼びどこか親しげな様子だったり、子犬のようで可愛かったり、朝の件で伏御たまきとの関係を探っていたためである。まさきは7割がた悪くはないと言える。

 理由がわかっていないまさきと王子さまが首を傾げる。唯一理由がわかり理解できる弓削朔月がまさきを安心させようと言葉を足す。と言っても真実を伝えようと理解してもらえなさそうだったから、当たり障りのないところをだが。


「そういえば、ブレザーなのって王子さまだけなんですね。おれ、制服あわせたはずなのに間に合わなかったのかと思っちゃいました」

「ああ。代々の王子は皆一目でわかるように白いブレザーなんだ」

「なんか軍服にも似ててかっこいいですよね!」

「か、かっこいい…!」


 白いブレザーの裾を握り、初めて言われた言葉に感動している王子さま。玉都の民は皆王子さまが白いブレザーだと知っているため、良く似合っていると思ってもそれが普通のだから特に口を出さない。というか、王子さまにそんな軽口は叩けない。それに王子さまの周辺にいつも睨みをきかせている弓削朔月が怖くてわざわざそれを言うために近づけない。

 しばらく感動していた王子さまは、HRも終わってしばらくたっていることに気付き、こほんと咳をして話を入れ替える。


「まさき、城に行くんだろう? 一緒に帰ろう」

「あ…その、たぶんたまちゃんが迎えに」

「「たまちゃん?」」

「まさくーん! 帰ろうぜー!」

「あ、たまちゃん!」


 がらりと扉を開いて現れたのは伏御たまきだった。どこかちゃらちゃらしているのはいつものことだが、それ以上に主人に駆け寄ってくる大型犬のような陽気さを感じる。尻尾を振りまくって、嬉しくてたまらないという感じだ。普段の不機嫌な狼っぷりはどこに行ってしまったのか。


 まさきもまさきで嬉しそうに帰り支度の終わったかばんを机に置いて、たまきに駆け寄る。こっちもまたちっちゃい尻尾を懸命に振りながらじゃれつく子犬のようで。

 正直羨ましくて王子さまはちょっと頬を膨らませる。弓削朔月はそんな王子さまから、さっと目をそらす。周囲の生徒たちは、今日の王子さまは表情豊かだなと胸をときめかせながら微笑ましくそれを見守っていた、が。

 っていうか…たまちゃん!? あの伏御たまきが!? ぎょっと目を剥いた周りの生徒たちに構いもせず、たまきはまさきと会話を続ける。


「帰ろうぜ、まさくん」

「あー…。ごめん、たまちゃん。おれお城に行かなきゃなんだ。だから今日は一緒に帰れない」

「え、城に行くって…まさくん何かあったのか!?」

「う…ん。ちょっと、その」

「まさき、伏御たまきと知り合いなのか?」


 言いにくいそうなまさきの言い訳にかぶせるように王子さまがまさきに尋ねる。

 治小が現実に存在することは玉都では周知の事実である。しかしそれは玉都の中だけであって、他の藩の者たちは知らない。知らせてはいけない、玉都の秘密である。故に他の藩から進学している生徒も多い学校という場所で治小のことを話されてはたまらない。…はたして王子さまが本当にそれだけを考えていたかどうかはわからないが。


 たまきとまさきの関係を知りたかった周りの生徒たちも帰り支度をしながら、不自然にならないように会話に耳を傾ける。

 いままでたまきは王子さまが他人を名前で呼ぶところを聞いたことがない。しかもお抱え飴細工師である父を持つたまきは王族が他者を名前で呼び、王族を名前で呼ぶ意味を知っている。それなのに、王子さまがまさきを名前で呼ぶのを聞いてぎょっとする。


「あ、はい。栄幸さま、こちら伏御たまきでおれの叔父さんなんです」

「…伏御たまきです、お久しぶりですね。王子様」

「あぁ、入学式以来だな。って、叔父さん…?」

「おれの父さんの弟なんです」

「そういうことです。うちのまさきになにかご用で?」


 うちのまさき。そう言ってまさきをかばうように王子さまとの間に入ったたまきに、王子さまは軽く頬を膨らませる。親戚と言っても距離が近すぎるのではないかと思って。親戚であり、いまはたまきの家に同居している身分であるまさきにとっては確かに「家のまさき」で合っているのだが。


 弓削朔月は何だがややこしくなりそうな予感に内心ため息をつき、お城に連れて行くなんて初耳な情報だったが王子さまがはっきりと用件を言わないことや治小を連れているといった点で用件を察した。

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