第16話
「治小様はまさきから離れたくないらしいな」
「困りましたねえ」
「うっ…って、え?」
「日比谷補佐官?」
「ごきげんよう、王子様。こんにちは、伏御まさきくん」
そこには美女が立っていた。首のところで1つにくくられた髪は首で割って左右から前に流されていて、その毛先は豪華に巻いてある。漆黒の髪に同色の垂れた瞳、肌は白く目鼻立ちのはっきりした顔をしていて。唇は紅をはいたように紅かった。まだ20代、花盛りの美女は美女と言うことで目を引くのだが、それ以上に。
「神社とかで神主さんが着てる服?」
「あれは神官服というんだ」
「あ、そうなんですか?」
王子さまの補足に、そうなのかとまさきは頷いた。そう、美女は神官服を着ていた。しかもまさきは知らなかったが白い袴に白紋、全国にわずか10人しかいないとされる特級神職の袴だ。学校の廊下には似つかわしくないその格好に、まさきの目が点になる。ついでに治小は興味深そうにまさきの胸ポケットから顔を出したり引っ込めたりしながら美女を見ている。
さらに言えば。
「えーと…」
「どうした? まさき」
「おや、もう名前呼びをなさっているんですか? 最近の子たちは早熟ですねぇ」
「「そ?」」
「あら、伝わらない」
楽しそうににこにこと笑い、その笑みに悪戯気な色を混ぜつつまさきと王子さまをからかった
そんな日比谷海徳補佐官に首を傾げつつも、まさきは王子さまのブレザーの裾を控えめにくいくいと引っ張った。そして口もとに手を当て、内緒話でもするかのように小声で尋ねる。
「あの、栄幸さま」
「どうした? まさき」
「あの方は…、その。大変失礼なんですけど、男の方ですか?」
「ああ…。日比谷海徳補佐官、治小様を祀っている神社の神主でありこの玉都にある神社本庁の統理だ」
「と、とうり?」
「全国の神官の中で一番偉い人、だ。…ちなみに男だぞ」
精一杯背伸びして、王子さまの耳元の口を近づける様子が可愛くて胸をときめかせながらもまさきに説明する王子さまの頬はほんのりと赤かった。
美女は美男だった。字面だけ見ると何言ってるのかわからないしひどい感じだが、これが真実なので仕方ない。現実は得てしてそういうものである。
両眉をあげてふむふむと頷きながら、まさきはまたへにゃりと日比谷海徳補佐官に向かって笑う。
「あんまり美人さんなんでわかりませんでした」
「いいですねぇ、伏御まさきくん。どんどん言ってくれて構いませんよぉ」
鼻を膨らませて自慢げに胸を張る日比谷海徳補佐官は得意満面だった。とんっと胸を叩きながら、にこにこしていた。
幼い笑みを見せたまさきと日比谷海徳補佐官の会話に、王子さまはちょっと口をとがらせる。日比谷海徳補佐官がその美貌を褒められることを好むことは知っているが、先ほどまで自分に向けられていたまさきの笑顔まで盗られるのは納得いかない。
「…まさきは、ああいうのがいいのか」
「え?」
「おや?」
むっとした王子さまが何をつぶやいたのかよく聞こえなかったが、ひそめられた眉からあまりいいことでないのではないかなとまさきは思った。日比谷海徳補佐官には王子さまのつぶやきが聞こえたのか、意外そうな顔で王子さまを見る。
いつもは儚げで穏やかな王子さまは、声を張ってまさきに迫った。
「僕のことは嫌いか!?」
「ええ!? い、いえ。その、好き嫌いというか…す、好き、ですけど」
「! そ、そうか」
「あらあら」
ぱああっと顔を輝かせた王子さまに、まさきはぽーっと見惚れる。それくらいきらきら輝いて、綺麗で可愛い笑顔だった。
というか、数分前に初めて会った人間に対して好きか嫌いか尋ねるのは間違っている気がする。答えるなら、外見での印象がほとんどを占めてしまうだろう。そして、王子さまのような見た目と可愛らしい反応などからこの存在に対して嫌いだと言える人はいないだろうなとまさきは思う。
一方日比谷海徳補佐官…なにを補佐しているかというと、四霊神社の統括である治小神社の御神体である治小だ。今日神社に上がったら治小がいなくなっていたうえ、弓削朔月から「小さな治小様をつれた生徒がいる」との報告を受けやってきたのである。なにはともあれ、その日比谷海徳補佐官は口に手を当てて驚いていた。
普段からものに執着を見せず、何ごとも儚い笑顔でやり過ごす王子さまが初めて自分から積極的に生徒に絡んでいるからである。しかも嫉妬めいた感情まで起こっている。
まあ、何はともあれ。
ふわふわとどこか甘酸っぱい雰囲気でお互いを見つめているお若い2人には悪いが、こっちにも都合というものがある。
「伏御まさきくん、教室に行かなくていいのですか?」
「あっ!」
「…日比谷補佐官」
「王子さまも自習室に行かれる予定だったのでしょう? 行かれなくてよろしいのですか?」
「まさきに会ったら気分が良くなった。もう行かなくてもいい…まさき、教室に行こう」
案内する。そう告げてブレザーを翻して振り向きざまに取ったまさきの手を引きながら歩き出した王子さまに引きずられるようにして歩くまさきは、どうしたらいいのかわからないという風に日比谷海徳と王子さまを見比べる。
そんなまさきを見送るみたいに手を振りながら、日比谷海徳補佐官は言った。
「まさきくーん、放課後玉都城に来てくださいねー。ちなみに王命ですから、逃げたら…面白いですねぇ」
「ええ!?」
「まさき、僕の牛車で一緒に行こう」
「え!? む、無理ですよ! そんな畏れおおい!」
わたわたとまさきはあわてた様に胸の前で両手を振る。次の瞬間、悲しそうに目を伏せた王子さまにまさきはうっと詰まる。
「僕はまさきと帰りたい。友と帰りたいと願うのは変なことか?」
「うぎゅう…」
「みぎゃぎゃ!」
「あ、こら」
賛同するように鳴き声を上げた治小はまさきの胸ポケットからひょいっと顔を出してまさきに怒られている。治小はそれでも嬉しそうにみぎゃみぎゃ鳴いているが。その光景を見て、表面上は変わらぬ笑顔のまま内心口の端を引きつらせて日比谷海徳補佐官は思った。
(瑞獣とはいえ神様を怒るなんて、まさきくーん…)
祟られないのが不思議なくらいである。
曲がり角を曲がっていった2人を見送り、窓から見える青空に深いため息をつきながら。日比谷海徳補佐官はすうっと足もとから消えていったのだった。
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