第14話

「君は…その」

「はい?」

「何組だ?」

「お、おれ? えーと。3組」


 学年は学生服に入った学章である百合の花の縁どりの色を見ればわかる。1年生は青、2年生は緑、3年生は赤だ。当然まさきの学章の色は青色だ。加えて上履きのつま先もその色で揃えているため、一目で学年がわかる。


「? 僕も3組だが見たことがないぞ?」

「あ、今日から編入するんだ」

「そうなのか」

「そうなんだ」


 きらきらの王子さまに見つめられて、ちょっと照れ臭く頭をかきながらまさきは笑った。それにつられたようにふわっと微笑んだ王子さまに、まさきは固まる。


(わ、わー…)


 窓から入ってきた光に輝く銀髪、細められた優しい色合いの青、こぼれたのは白百合のような笑顔で。その神々しいとも言える可愛らしさにまさきは鼓動を速めた。


 なんか知らないけど、どきどきと高鳴る胸を押さえながら首を傾げていると、ちょうど胸ポケットに触れてしまう。胸ポケットの中でおとなしくお昼寝をしていた治小は、自分に触れられているのだと思いまさきが構ってくれるのかなと上半身を出した。


「みぎゃ」

「あ」

「え…」


 ぴょこんと顔を出して耳をぴくぴくと動かした治小に驚いたのは、まさきだけではなかった。

 古今東西、学校に動物を持ち込んでもいいという学則はない。それをまさか、転校初日と言っていたのに破るなんて思いもしない。というかこの小動物みたいな生徒からは想像もつかなかった。


 はにかんでいたのが一転して真っ青になったまさきに、なんて声を掛けようかと王子さまが悩んでいたところで、気づいた。

 このみにみにした動物、ポケットの縁から出している足に雲を履いている。よくよく見れば、白い体毛に青縞であるし耳の下にも2本ずつ角がある。

 まさか。


「治小、様?」

「あ…あ、う」

「君、この方をどこで」

「その、あの…い、痛い!」

「あ…すまない」


 びくっと震えてまさきの泳いだ目が逃走経路を探したのを感じ取って、王子さまはまさきの手を掴む。逃がさないようにと掴むその力が案外強すぎたのと、ちょうど制服の袖に隠れないところだったのとで痛みに悲鳴を上げたまさきに思わずぱっと手を離した瞬間。

 混乱したまさきはとっさに廊下を駆けだした。


「ま、待ってくれ!」

「ごめん!」


 治小をポケットの中に押し込んで、そのまま走り去ろうとしたところで。

 王子さまから10mも離れていなかった。まるで耳元で囁かれたように涼やかな女性の声がするりと届いた。


「王子様が待てとおっしゃっているでしょう?」


 一瞬の黒い影の残像を見たと思ったら、まさきは尻もちをついていた。何が起きたのかわからない、ただいつの間にか腰をついていたのだ。

 ぱちくりと目を丸くして瞬くまさきに、王子さまが駆け寄ってくる。駆け寄ってくると言っても数歩走ったところで苦しそうに歩きに変えていたが。


 そしてまさきの前に立つと手を差し伸べてくる。さっきとは完全に逆転してしまっている。

 その手を取って、立ち上がらせてもらってまさきは礼を言う。


「あ、ありがとう」

「いや、大丈夫か? ノノウ、やりすぎだ」

「申し訳ありません、王子さま」

「どっから声が…っていうか王子さま?」


 王子さまは姿が見えないながらも、尻もちをつかせて立ち止まらせたノノウを呼吸がうまくできなくて青くなってきた顔でたしなめる。

 姿は見えないのに、どこからかする声にまさきはきょろきょろとあたりを見まわした。それでも見つけられなかったが。それがあたりを警戒してまわる子犬のようで、その小動物感に王子さまはくすりと笑った。いや、笑っていられるような体調ではなかったのだけれど。

 王子さまは自己紹介もしていないことに気付く。何故だか知らないけれど、この同じ組の子犬みたいな生徒の名前を知りたくて、王子さまは自分からすることにした。人の名前を聞くときはまず自分から名乗るべきだ。


「紹介が遅れた。さえり王国、今世王・さえり友の息子さえり栄幸だ」

「さ! お、王の。本当に、王子さま…!」

「? 嘘は言ってないが」

「そ、うじゃなくて。王子さまみたいな人だなぁって思ってたから…じゃなくて、思ってますから!」

「…あ、ありがとう」


 座り込んでいるため自然と上目遣いになっているまさきに、力いっぱいに言われ。いままでそんなことを言われたことがなかった王子さまはほんのりと頬を染めてはにかんだ。その照れた顔が、まるで花がほころぶように清廉で。

 思わず食い入るように見てしまった。これは飴細工師としての癖だ。これを後で絵におこして飴細工にしたら、それはきっとまさきの宝物になる予感がした。


「え、えと。その、王子さま、この治小は。その…」

「名前を…」

「え?」

「僕は治小様のことも知りたいが、君の名前はもっと知りたいんだ」

「お、おれの名前…」


 聞きなれない言葉を聞いたように王子さまの言葉を繰り返すと、まさきは目をぱちぱちした。そして、よくわからないけど、この王子さまが自分の名前を求めてくれているならと。にっこり笑って元気よく答えた。


「おれ、今日から玉都高校の生徒になる伏御まさきです! 1年間よろしくお願いしますね、王子さま!」

「! ああ、よろしく。伏御、まさき」

「? お好きに呼んでくださって構いませんよ?」


 同じ3組だと言っていたことを思いだしたまさきは、それも込みで身体を2つに曲げる勢いで頭を下げた。そしてにこっと笑む。元気印なその笑顔に、挨拶に、王子さまはかみしめるようにまさきの名を頭の中に刻んだ。

 だが同時に頭の中に同じ名字である伏御たまきのことが浮かんで、まさかなと苦笑する。この小柄で素直そうな子犬じみたまさきと、高身長で威張りんぼうで狼ようなたまきとでは全然似ていない。正反対と言ってもいい。

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