第11話

 玉都城下にある玉都高校は、高校の中では全国一位の偏差値を誇る進学校だ。全国から集まってくる生徒たちも名だたる名士や有力者たちの子どもばかりである。故に、この学校に入ることは一種のステータスとされていて、卒業し地元の大学へと通うことになっても大きな強みとなる。

 また、本日は2学期の登校初日のため朝のHRホームルーム、全校生徒での始業式後午前中だけ授業がある。


「弓削、どうかしたのか?」

「…いえ、王子様。なんでもありません」

「…僕には教えられないことか?」

「そうではなく、王子様が気になさるほどのことではないということですよ」


 予鈴5分前の1年3組の教室、授業の用意をしながらふと見た窓の外にぎょっと目を剥いた弓削朔月に。王子さまがどうかしたのかと話しかける。が、取り繕ってなんでもないと返した弓削朔月に王子さまが眉をひそめる。儚げな雰囲気で、すこしむっと頬を膨らましているのがあまりにも可愛らしくて、偶然見てしまった生徒たちは少しふらっとしたがそこは気合で持ち直す。不自然なまでに自然に会話を続ける。

 王子さま生徒たちにとって月のような存在だ。近づこうとしても麗しすぎて、お世話係の弓削朔月の視線が怖くて近づけない。しかもあんまり近づきすぎると人見知りな王子さまは月が雲に隠れるようにいなくなってしまう。しかし見ないというにはその存在が大きすぎて。

 つまり、王子さまに気付かれないようにこっそりと見るなら問題はないということだ。それくらいならお世話係である弓削朔月も黙認してくれている。


 うっすらと口に微笑みをはいた弓削朔月に、これ以上はいくら言っても聞いてくれないと長年の付き合いで知っている王子さまは黙り込んだ。


「…そうか」


 弓削朔月がこうして王子さまを遠ざけることはいままでにも何回かあった。それは王子さまではどうにもならない、もしくは王子さまに危険があると分かっているからだ。そのことは王子さまも重々承知であるからこそ、言ってくれないことが寂しかった。お世話係という名前を付けられているが、王子さまは弓削朔月を友だと思っている。


 寂し気に健気な笑みを浮かべた王子さまに、さすがの弓削朔月もうっと詰まる。弓削朔月は王子さまを守りたいだけで別に何かを我慢させたり、嫌がらせをしたいわけじゃない。


「大丈夫です、ちょっと気になったことがあっただけですから」

「…本当か?」

「ええ、だからお気になさらず」

「…わかった」


 拗ねたように1回そっぽを向いた王子さまに、弓削朔月は内心ほっと息をついた。王子さまがこうする時は会話に一区切りつけたという証だからだ。

 それから、弓削朔月は王子さまや他のクラスメイト達に見えない角度で微笑みを消すと。


(あの見覚えのない生徒の、胸ポケットからのぞいていたのは…)


 弓削朔月は3人いる王子さまのお世話係のうちの1人だ。王子さまに近づけたくないような生徒や素行の悪い生徒などを含め、近づいても害にならないような生徒を選別するため全校生徒の顔と名前を憶えている。そんな弓削朔月が見たことのない生徒。


 しかも。鈴を張ったようなくりくりした目と、青縞の入った白い虎。両耳の下には小さい角がかすかに見えた。あれは…。


(治小様…?)


 いまいち確信が持てないのは見たこともないほどデフォルメされていたからだ。

 弓削朔月が知っている、見たことのある治小は雄々しい白虎に立派な角、背中には広げれば体長以上の大きさにもなる深紅の翼に鮮やかな甲羅のもよう、金魚に似たひらひらとした白い尾っぽ。足にはたなびく雲を履いていて。それはそれは立派で優美な獣姿だったからだ。間違ってもあんなぽきゅぽきゅとした姿ではない。


(…よくわからんが、一応日比谷補佐官にお伝えしておこう)


 持ってきていた通学かばん、中身を机の中に移してほぼ空っぽなそれを漁るふりをして。中に入れておいたボールペンで白い札に式神作成の文字を書く。他にもさまざまな効果のある文字を書いて。

 それを王子さまに見つからないようにくしゃくしゃに丸め、手中に隠すと。


「空気の入れ替えをしましょう。窓開けますね」

「…ああ」


 がらりと窓を開け、夏の濃い緑の匂いを含んだまだ暑い風を教室内に呼び込む。窓のサッシに手を掛けるように見せかけて窓から札を落とした。すると、くしゃくしゃに丸まった紙は空中で小鳥の姿になり円を描くように1回旋回するとひゅいっとどこかへと飛んでいった。


 式札に描いた花包石探知の文字によって、日比谷海徳補佐官を探しに行ったのだろう。


 花包石とは小さな花を固めた宝石のことで、武器種族という種族特有の第2の心臓である。この種族は例え心臓を射抜かれたとしても花包石が無事なら何度でも再生でき、この花包石を少量の金属と反応させて身体のどこかに埋まったそれを武器として取り出すことができるという特徴を持つ。


 この特徴のせいで昔は迫害された存在であったが、今から数えて3代前の王が、武器種族も民であるとの玉音放送をしたため今では受け入れられている第2の種族である。そして一般には知られていないが、玉都にある治小神社と四霊神社はこの武器種族しか神官にはなれない。


 なぜなら、骸虫退治に利く武器は武器種族の武器しかないからである。逆に骸虫が好むのは花包石の中にある花で狙われるのも武器種族だ。


 それが故、王子さまも骸虫に狙われる。そう、王子さまも武器種族。しかし花包石が他の者とは変わっていて、花が宝石に包まれていないのである。


 美味しいお菓子は箱に入れると匂いがある程度隠れる。それは花包石も一緒で宝石を箱、花をお菓子に例えるなら、王子さまはお菓子の良い匂いをさせながら普段から生活していることになる。加えて、穢神の僕とされている骸虫は高潔な精神と清いものを汚そうとやってくる。王子さまが狙われるのは、花包石だけのせいではないのだ。

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