第8話

 玉都高校の生徒会長である犬居湊いぬいみなとは朝の挨拶運動週間のため、朝早くから登校して他の役員たちと一緒に校門の近くに立ち門から中に入ってくる生徒たちに朝の挨拶を行っていた。


「おはようございます、生徒会長」

「おはようございます」


 優しく微笑んで、犬居湊は下級生たちと挨拶を交わす。

 がらがらと車軸を鳴らしながら近づいてきた牛車、それを引く牛たちは校門のすぐ横犬居湊がいる少し手前で止まった。あわてて身を引く。


 御簾みすをあげて中から出てきたのは短髪の黒髪に目つきの鋭いが体の良い男子生徒だった。黒を基調とした学生服についている襟のバッチが示す学年は1年生。次に出てきたのは腰までの白い髪に眠たげに開いた紅い目はおどおどと揺れている、白い手袋をした少女。なだらかな胸のバッチが示す学年は最高学年だったが、それにしてはひどく小柄で150cmもないのではないかと思わせた。そんな2人が左右から御簾の紐をひっぱりあげる。するとくるくると巻かれた御簾が持ち上がり、牛車の中が陽光に照らされる。


 そこには月があった。

 太陽に光に照らされてきらきらと輝く肩よりちょっと下までの銀髪、同色のまつげが影を落とす憂い気に伏せられた目は、異国から輸入される青い宝石のよう。自ら輝くのではなく、光を受けてゆっくりと呼吸するように人目を引く美しい少年だった。幼い少女が好む童話に出てくる王子さまのような存在。気高く美しい白百合が良く似合う少年だった。


 牛車の中に正座して座っていた白いブレザーを着ていた王子さまは、ゆっくりと牛車から降りると御簾をあげてくれた2人に儚く笑いかけた。


「弓削、美羽。ありがとう」

「いえ、王子様」

「どどど、どういたしまして。王子様」


 童話に出てくる王子さまは本物の王子さまだった。さえり王国の第一王子にして唯一の直系、さえり栄幸さかゆきさまである。深く頭を下げた鋭い目つきの少年・弓削朔月ゆげさくづきと白い髪の少女・美羽琴乃みわことのはお礼を言ってくれた王子さまに弓削朔月は端的に、美羽琴乃はおどおどと返事をする。


 あまりにも美しい、身悶えしそうなほど麗しい微笑みに。自分に向けられたわけではないと分かっていても一瞬理性がぐらついた生徒会副会長(男)を肘でどつきながら、犬居湊はにっこりと爽やかに笑って見せる。


「おはようございます、王子様。弓削君と美羽先輩」

「おはよう」

「おはようございます」

「おおおおおはようございましゅ」


 噛んだ。見事に挨拶を噛んだ美羽琴乃は耳まで真っ赤になると俯いた。うわやってしまった! 思わずスカートの端をきゅっと握った美羽琴乃に、犬居湊は微笑みながら口を開く。


「おはようございましゅ、美羽先輩。2学期もよろしくお願いしますね」


 あえて間違いを正さずに、自らも合わせた犬居湊に下級生たちは尊敬のまなざしを向ける。せめて女子生徒ならともかく男子生徒、しかも高校生という色々お年頃な男が「ございましゅ」だなんて自分たちならとても言えない。

 生徒会長の犬居湊は背が高くやわらかい面差しの爽やかなイケメンである。しかも成績優秀で、2年生にして満場一致で生徒会長の座を勝ち取った文武両道だ。「ございましゅ」なんて言葉を口にしても人々の目には不愉快には映らない。


「よよよよよろしく、です」

「はい、お願いします」


 屈んで目線を合わせ、人の良い笑みを浮かべた犬居湊に美羽琴乃はおずおずと俯いていた顔をあげ、こっくりと頷いた。赤面症の気があるのか、顔は真っ赤に染まったままだった。普通ならば好意を持たれていると相手が勘違いしそうなほど首まで赤かったが、美羽琴乃の場合これが常なので誰も気にしなかった。


「か、会長」

「ん? なんですか、曽根君」

「伏御たまきが登校しました、お願いします!」

「…ああ、わかりました」


 後ろから呼びかけられて何事かと用件を尋ねれば、副会長がたまきが登校してきたことを告げた。もう2学期なのにというか犬居湊よりも年上の副会長であるにも関わらず、たまきのことが怖いようでこうして挨拶週間や服装チェックの時は幼なじみである犬居湊が駆り出されるのである。

 それを知っている王子さまたちは犬居湊の邪魔にならないように下駄箱に向かった。

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