第7話

「…さ」

「まさ」

「まさ!」

「は! い!」

「素っ頓狂な声出してんじゃねえぞ。作り終わったか、見せてみろ」

「え、あ、いや。その…」

「なんだおめー。まさか作れなかったっていうんじゃ…なんだ、作れてるじゃねえか」


 気付いたら試験の時間は終了していて、壁にかかっている時計を見れば登校時間の1時間前だった。

 さっきまであのどことも知れない作業場にいたのに、どこだここはときょろきょろあたりを見まわすまさきに。伏御えまきが両眉をあげる。

 おろおろと焦っている孫の様子に、まさか作れなかったんじゃないだろうなと顔をしかめた伏御えまきだったが、左手に持った金魚の飴細工に目を留める。


「貸してみな」

「え…あ、これは」

「なんでぇ、さっき作ったんだろ?」

「あ、はい」

「ほら」


 いまいち反応鈍く差し出してくるまさきの手から金魚の飴細工を受けとり、伏御えまきはじろじろと上から下からそれを眺める。

 何も言わず無言のままそれを光に透かしたり作業台の上に転がしてみたりしながら色やデザイン、鋏の入れ方や再現力などを見ている伏御えまきに居心地悪くなり、むずむずと尻を動かしながら。まさきはじっとその沈黙に耐えた。

 やがて。


「いいじゃねえか」

「…え?」

「この透明感、バーナー使ったのか」

「あ、それは普通のバーナーだと溶けすぎることがあるからっていうんで、父さんがおれ用に特注してくれた電気バーナーで」

「いいな、それ。あとで見せてくれや」

「! はい!」


 まるで父のことを褒められたようで嬉しく、まさきは満面の笑みで大きく頷いた。


「で、結果なんだけどよ」

「う…は、はい」

「こんだけ出来りゃあ大したもんだ。まだ色々改善点はあるがそうだな、たまきの蛇を作るとこ見て一緒に作ってろ」

「ほ、本当ですか!?」

「おう。ただしだからって中途半端なもん作ってみろ。脳みそでるまでぶっ叩くぞ?」

「はい!」


 元気よく返事をしたまさきの声が、手前の工房まで聞こえてきてたまきはこりゃあ合格したな、うしっと小さくガッツポーズを決めた。


 そんなたまきを見て、工房長の跡取り息子である坊ちゃんにとうとうライバル出現かとにやにやしていた先輩飴細工師である笹原は。本当に仲の良い叔父と甥っ子だなと飴を炊きながら苦笑した。それでも鍋の中につっこんだ温度計から目を離さない辺り、プロの犯行だ。


 普通は合格して明らかに褒められたと分かる声色を聞いたら自分の競争相手ができてしまったと焦るところである。昨日も食紅を配るのが遅いだのてめーの作品には繊細さが足りねえだの色を作るのが下手くそだの言われてうるせぇくそ親父! だの口論をしたばかりの親子、伏御えまきと伏御たまき。それがそんなそぶり欠片も見せず、素直に喜んでいるとなれば、この同い年の叔父と甥がどれだけ仲がいいかわかるだろう。


 別にライバルにならないほどの腕前だとたまきがまさきのことを思っているわけではない。ただたんにたまきはまさきを下にも置かぬ扱いをするほど溺愛している。1年前交通事故で両親を亡くしたまさきに、過保護の拍車がかかった。それだけの話だ。


 伏御えまきと一緒に消えていった扉から伏御えまきの後ろについて現れたまさきに、自分の仕事の分である蛇の飴細工12個を作り終えたたまきがさっそく絡みに行く。

 その後姿を見ながら、昔から変わらない光景に思わず微笑みがもれる先輩飴細工師たち。


「まさくん! おめでと!」

「あ、たまちゃん! おれたまちゃんと一緒に仕事できるみたい。見て見て、おれ、金魚作ったんだよ」

「おー…まさくんすげえな。俺こんな細っけぇのできねえよ」

「えへへ」


 自分に駆け寄ってくるたまきを見つけて、ゆっくりと微笑んだまさきはふにゃと崩した幼い笑みで自分が作った金魚をたまきに見せた。それは小さな子どもがクレヨンで書いた絵を親に自慢するように。しかし見せたものは子どもの絵とは比べものにならない。その精緻さに、ひれの先まで描かれた筋にたまきは自分には出来なさそうだとがっくり肩を落とす。

 そんなたまきに、まさきはきょとんとしながら口を開く。


「でもたまちゃんだって蛇任せられてるって聞いたよ。俺も蛇作れるって! 作り方教えて!」

「もっちろん! 俺に任せとけって!」

「ぶってんじゃねぇぞ、たま。てめーもまだひよっこだろうが」

「うるせぇぞ親父!」

「長に向かってなんつー口の利き方してやがんだ!」


 犬歯をむいて怒鳴り合う伏御えまきとたまきの怒声にただでさえ小さい身体を小さくしつつ、おろおろと2人の間でしているしかないまさきに、先輩飴細工師たちは苦く笑った。もうこの工房ではおなじみの光景となっているため誰も気にしないが、初めて見る者にとってはどっちかに味方した方がいいのか止めて良いのかわからない。

 もちろんまさきが味方するとしたら当然たまきなのだが、立場上長の言い分も受け入れなくてはならない。というか誰か止めてくれと周りを見回してもみんな笑っているだけで止めてくれない。


「あ、あの」

「うるっさいわね! 静かにしな!」

「「げっ」」


 もう自分で止めるしかないのかと覚悟を決め声を出したとき、それなりに大きく出したはずのまさきの声がかき消されるほどの大声が上から被さった。

 言い合いをやめて工房の入り口を見ながら嫌そうな声を出す2人に、その高いのに威圧感のある声の主である祖母はいつの間にか工房の中に入ってじろりと睨みつけた。


「げっ? 誰に向かって言ってんのあんたたち。そろそろご飯食べないとあなたもたまきも仕事と学校遅れるわよ。今日納期だって言ってたでしょうが!…まさちゃんいらっしゃい、ごはんゆっくり食べて行きなさいね」

「ちっ、態度豹変ババア」

「なんですって?」

「は、はーい。ごはんいただきます、ばあちゃん! ほら、たまちゃんも行こう?」

「まさくんがいうなら」


 たまきの暴言に目を怒らした祖母・伏御美波だったが、まさきの前でころっと態度を変えたたまきに頭が痛いと言わんばかりに額を抑えた。

 それから試験で作った飴細工を道具箱の中にしまい、作業着を脱いで。わらわらと動き出した先輩飴細工師たちと工房から引き揚げて。

 内堀と外堀を越え伏御飴細工工房の母屋に帰ってきた職人たちと一緒に食事をとってから、学制服に着替えたまさきはたまきと連れだって玉都高等学校に向かった。

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