第5話
「で、なにするんだ?」
「みぎゃ」
「えーと」
「みぎゃ、みぎゃ、みぎゃ!」
「作業場、さっきの部屋、おれ?」
作業台の前に来たまさきの胸ポケットから飛び降りると作業台にぽっちりと座る治小。動物の格好をして入るが、瑞獣であり聖獣だと分かっているけれど工房、しかも作業台に乗ってしまったことになんとなく落ち着かない気分になりながら。まさきは治小に尋ねた。
まさきに自分の言葉が伝わらないことを思いだしたのか、治小はジャスチャーで示すことにしたらしい。ここ、とでもいうようにぽちぽち雲を履いた足で作業台を叩く。次にさっきの様々な飴細工がおかれた部屋を指し、最後にまさきを前足で指した。
(作業場、さっきの部屋…飴細工? おれ…まさか)
たらりと額に嫌な汗をかく。
「まさか、おれに飴細工作れって言ってるんじゃ…」
「! みぎゃ!」
「え、えー。無理無理! おれ神さまに捧げるようなすごいやつ作れないし! まだ見習いになれるかもわからないのに!」
「みぎゃ…」
「うっ…」
きらきらとまん丸い目を輝かせた治小に、まさきは大あわてで否定する。胸の前で両手を振って無理です! と全力で示すまさきに、しょんぼりとたれる耳と尻尾。
さすがに罪悪感が湧いてきて、まさきは人差し指で治小の頭を撫でる。治小の耳がぴこぴこと動き上目遣いにねだるように見上げる治小にたじろぐ。
「…」
「みぎゃーん」
「…」
「みぎゃん」
「…わかったよ、なんでもいいのか?」
「みぎゃ!」
もちろん! 嬉しそうに鳴いた治小はとことこ近づいてくると、ちょうど作業台から首を伸ばせるちょうどいい位置にあったらしいまさきの腹にうりうりと頭をこすりつけた。甘えているらしい。甘えた声ですり寄ってくる治小を撫でながら、まさきは思った。
(こいつ、ずっとここにいたのかな)
たった1匹で、あんな暗い部屋に。ただぽっちりと座って待っていたのだろうか。まさきが来るのを。飴細工を作ってほしくて。こんなに自分の飴細工を望まれたことがあっただろうか、そうまさきは自問してないなと苦笑した。自分以外でもよかったのかもしれない、ただなんとなく気分でとかたまたま選んだのがまさきだったのかもしれない。でも、確かに治小はまさきを選んでくれたのだ。それは間違いない。飴細工師の見習いになれるかもわからない、1年もブランクのあるまさきを。そう思うとなんだかこの瑞獣の王に愛おしさすら感じて、撫でる手にも力が入った。
「任せろ、とっびっきり綺麗なの作ってやるからな!」
「みぎゃ! 」
「あー、デザイン帖荷物と一緒に伏御飴細工工房に送ったんだった…」
「みぎゃ!?」
「いや、作れる作れる。問題ないから大丈夫だって」
「みぎゃー」
ほっと安心したように肩を落とした治小に、人間っぽい反応するなあと笑いながらまさきはかつて父が長をしているときに入れてくれた工房の中にもあった砂糖の樽をのぞき込んだ
そこにはさらさらの白い砂糖が青く見えるほどたっぷりと詰まっていた。
「うん、いい糖花使ってんだな。すっごい上質な砂糖だ」
「みぎゃぎゃ」
自慢げに鳴いた治小ににっこり笑顔を返しながら、樽の中に入っていた
煮詰めて濾して臼で引いてそうしてようやくすっきりとした甘みの砂糖となる。
糖花で作られた砂糖は、煮詰めすぎてもキャラメル化せず、透明度が従来の砂糖よりも高く、湿気に強く再結晶化しにくく、なおかつ飴細工を作るときに必要だった水あめがいらなくなるというという利点がある。
まさに飴細工のために作られた砂糖なのだ。
中でも、標高の高いところに咲く糖花ほどさわやかな甘みが強く、青みがかって見えるほど白く上質とされている。
作業台の上に赤青黄色の食紅、割り箸、大きさの違う和鋏を5つ、面相筆3本と小細工用に1本、最後にパレットを用意してまさきは意気込んだ。
「よし、すぐ作るからな」
「みぎゃん!」
「危ないからそこに座っててくれな」
「みぎゃー」
元気よく返事をした治小に作業台の奥の方に座っててくれと頼んで、まさきは道具箱の中から取り出した小鍋に枡で掬った砂糖をざらっと流し込み、その中に分量を量った水を入れる。それを黒いコンロに置き弱火にかけて。鍋をぐるぐるとかき混ぜながら鍋の中央についている温度計で温度を見る。
この鍋はもともと父がまさきの5歳の誕生日プレゼントに買ってくれたものだった。火を使うにはまだ早すぎると母は怒っていたが、それでもまさきは一人前の飴細工師と言ってもらったみたいで嬉しかったのを覚えている。
その間にデザインについて考える。出来ればここにいて見たことがないものがいい。それでいて、ありふれたもの。そして何より、綺麗なもの。そう、例えばあのゆらゆら揺れる尾の金魚とか。
あの部屋にあったものはみんな繊細で立派なものばかりで、まさきが作ったものなんて児戯に等しいかもしれないけれど。
でも、あそこにぱっと見金魚はいなかった。大きな大会や賞をもらうような作品は大体が大きなものばかりで、華やかなものだ。金魚などの一見すると地味に見えるものは案外配点が少ないのがこの世界の常識だ。誰だって見栄えするものの方に目が行くのは仕方がないことだろう。だからこそ、金魚は高度だが配点が低いと言われているわけだが。
じっと炊き上がりつつある飴を見つめながらそこまで考えたところで80℃になり。水分がほとんどとんで炊き上がった飴をゴルフボール大の塊にとり、透明の飴を道具箱から取り出しておいた割った割り箸の先につける。
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