第4話

「とりあえず、治小でいいのか?」

「みぎゃ!」

「…もしかして、おれをここに呼んだのってお前だったりする?」

「みぎゃー」

「そっかー…あー、長怒ってるかな」


 ゆらゆらと尾を振られて、なにか嫌がらせとか嫌われているとかいうのではないことはわかる。

 とりあえず、突然空間転移ともいえる現象が起こったことについては説明がついたが、その理由までは解明されたわけではない。理由が何なのかわからないが、それも解決していないのに勝手に出ていったら治小だって怒ったりするかもしれない。それは神を怒らせるに等しいことで。


 そこまで考えてまさきは真っ青になる。

 勝手には出ていけない。けれども早く帰らないと試験ができなくて、職人気質の祖父のことだ。時間に間に合わなかったという理由で工房にいれてもらえないかもしれない。


(ど、どうしよー)


 あわわと1人震えるまさきのことを不思議そうに見た治小が、ちょいちょいと前足でまさきの頬をつつく。雲を履いているせいかひんやりとしていて湿った感じがする。その足に慰められて、ほっと肩を下ろした。いつの間にか力が入っていたらしい。


「そうだよな、なるようにしかなんないよな」

「みぎゃ!」

「そういえば、おれになにか用なのか?」

「みぎゃぎゃ」

「えー…」


 全然言葉がわからない。引きつりそうになる顔を抑えて、頬をかく。

 まさきは治小がなにか自分に用があるらしいことはわかったが、その用までは何かわからなかった。というかわかる人がいたらぜひ教えてほしい。


 頬をかいたことと言葉を濁したまさきの様子に言葉が伝わってないことに気付いたらしい治小は、あっちと指さすように前足でまさきが入ってきた扉を示す。あの作業場に用があるらしい。


「あっち?」

「みぎゃん!」

「わかった、あっち行こうな…あ、こら」

「みぎゃぁ」


 するんとまさきの手からすべり、来ていた作業服の胸ポケットに入り込む治小。それにため息をつきながらも、楽しそうに笑ってるから不敬とかにはならないよなと心の中で呟いて、まさきは棚から道具箱をとって。治小の要望に応えるべく扉に向かって回れ右をした。気にしたら負けだと思った。

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