4-5 家族

 そうして、一連の流れ全てが収束し、深夜、

「で、どうして増えてる訳ぇ? 私は二人で帰ってきなさいねぇーって言ったと思うんだけどぉ? なんで倍の四人な訳ぇ? しかもその内一人がゴキブリ以下の加齢臭がするジジイなのは一体どういう了見よぉ」

 リーディーは、病院の廊下で、ウェイルを詰問していた。

「は……はは……、嫌だなあリーディーさん。流石にあんな大怪我人放ってはおけないじゃないですか……、は……ははは」

 リーディーの言う四人とは、ウェイル、リリィ、蒼髪の少女、サイモンの事だ。カタナが聞いたら拗ね出しそうな発言だった。

 ウェイルは、ヘリを斬り落とした直後に失血とショックで気絶してしまったサイモンを、やむなく病院まで連れてきていたのだ。

「あの蒼髪の女の子は、まあいいとしてもよぉ、あのジジィってエル……なんたらの幹部でしょう? そんなのほっとけば良かったじゃないのぉ」

 リーディーはそう言って廊下から病室をのぞき込んだ。その視線の先には、清潔なベッドに横たわるサイモンがいる。最初は蒼髪の少女にも同じ病室のベッドをとりあえずあてがっていたが、隣にサイモンがいるのは良くないだろうと、別の病室に移してある。

「……リリィの手前、やっぱり人殺しにはなれませんよ」

 ヘリは墜落さえておいて何を言うか、とウェイルは自虐的な思いに襲われた。しかし、冷静に考えて見れば、最近の軍用機はどれもオートパイロットの遠隔操縦だし、仮に人が乗っていたとしても二重三重の安全が図られているはずで、おそらく死にはしなかっただろうとも思う。

「うーん……。確かにリリィちゃんの事考えるとぉ……」

「でしょう? まあ、この先煮るなり焼くなりお好きにどうぞ、って事で」

「煮ても焼いても食べられそうもないけどねぇ。うーん……」

 ウェイルは、首を傾げて悩むリーディーの肩越しに、

「あ、噂をすれば。――リリィ!」

 一応の検査を終えて検査室から出てきたリリィを見つけて、呼びかけた。

「ウェール!」

 リリィも、ウェイルを見つけて一目散に飛び込んでくる。

「ぐッ……。この衝撃……なんか久々だ……けど……」

 蒼髪の女にやられた脇腹の風穴に響く。痛い。

「ウェール! お腹の怪我、大丈夫なの?」

 言って、リリィはウェイルの脇腹を撫でた。

「ガ……、グ……、大丈夫、だから……触らないで……、痛ぇ……」

 消毒も縫合もすまし、万能細胞を利用した高速治癒用の薬品も投与して、包帯も巻いてと、治療は全て済んでいたが、だからといってすぐさま傷口が塞がるわけではないのだ。触られたら痛いのは当然だった。

 隣からげらげらとリーディーの馬鹿笑いが聞こえてくる。

「ウェール、痛いんじゃ大丈夫じゃないよ! リーディーちゃん! 治してあげてよ!」

(……リーディー……ちゃん?)

 ウェイルは痛みを堪えながら、意識を別の所にやる意味もかねて、リリィの発言を吟味しようとした。

「リリィちゃん、ウェイルの傷の治療は終わってるわ。後は自然に治るのを待つだけ。リリィちゃんだって、怪我したらすぐには治らないし、治りかけの時は触ると痛かったりするでしょう?」

「ぁー、うん、そうだね」

「でしょう? 心配は要らないわ」

 リーディーは、安心させる様にリリィの頭を撫でた。

(……な……なんだこの違和感――!)

「ウェール、ホントに大丈夫なの?」

「あ……ああ、平気だよ」

「ん。なら、いいけど」リリィは、うつむいて上目遣いで言った。「リリィ、ヤだよ? リリィのせいでウェールにメイワクかけるの」

「なんだよ、それ。俺、迷惑なんて思った事、無いぞ?」

「でも、たまにリリィが何か聞くと狼狽えたりするし、隠し事もしてるし……。やっぱりメイワクなんじゃないの?」

「あー、それは……うーん」

 確かに狼狽えまくりの隠し事しまくりなのは事実である。だが、それは決してリリィが邪魔だとか、迷惑だとか、そういう物につながる物ではないのだ。

「ホラ、今もすぐそうやって困ってるよ? やっぱり……メイワクなんだ」

「そういうのとは違うんだけど……うーん」

 困った。ウェイルは頭を抱えた。リリィの言う言葉を、言葉通りに受け取るのなら、確かに迷惑……というより困った事は何度もあったが、それはリリィの言うメイワクとは違う気がする。だが、それを巧く伝えられない。

 それにそもそも、何故こうもリリィは遠慮がちなのか、それも気にかかる。

 ウェイルは、ちらりとリーディーの方へ視線を向けたが、彼女はなにやら楽しそうに柔らかい笑みを返してきただけで、何も言ってはくれなかった。

 意を決して、リリィの方へと向き直る。ウェイルがリリィの目をじっと見つめると、リリィも見つめ返してきた。

 リリィの漆黒の双眸が、ウェイルを試していた。心の奥底までも、覗き込まれている。

「――なあ、リリィ。どうして……どうしてメイワクを掛けるのが、嫌なんだ?」

「え? だって、それは――」

 リリィには、何も返せる物がないよ――。そんなリリィの言葉を、ウェイルの声が重ねて塗りつぶした。

「家族が助け合うのに、いちいち理由がいるのか? リリィはずっと、ずっと長い間、一人で生きてきたかも知れない。でも、今は一人じゃない」

 俺が、グレイさんに出会って、一人じゃなくなったのと同じ様に。だから――

「だから、頼っていいんだ。俺を、皆を、頼っていいんだ。そういうのは、理屈じゃないんだよ。当たり前の事なんだ」

「……リリィ、良く解んないよ」

「俺も、最初はそうだったよ。言ったろ? 理屈じゃないんだ。いつかきっと、自然に解る日が来るよ」

「ウェールと居れば、解る日が来るかな?」

「――ああ、約束する。俺が、絶対に、伝えるから」

 ウェイルはそう言って、リリィの頭をそっと撫でた。

「ん……ありがと」

 リリィはしばらく恥ずかしそうに俯いたまま、ウェイルに頭を撫でられていたが、少しして、ふわあ、と大きくわざとらしいあくびをした。

「リリィ、今日は色々あったし、もう遅い。そろそろ寝た方がいいよ」

 リリィは、うん、と頷くと、寝室であるリーディーの部屋へと向かっていった。

 その途中、振り返って、

「お休み、ウェール」

 と言った時、リリィの目元が潤んでいたのは、きっと欠伸のせいではなかった。

 リリィが去ったのを見送って、リーディーがどことなく嬉しそうに言った。

「なんとか合格点って所かしらねぇ? ちょっとクサすぎるかしらぁ?」

「悪かったですね、全く……」ウェイルは、ふい、とそっぽを向いた。ほんの数十秒前の事だが、思い出すと多少恥ずかしくなってくる。

「コラコラ、拗ねないのぉ」

「拗ねては居ませんよ……拗ねては」

「はいはい。でもまぁ、そうねぇ……、あの親にしてこの子あり、って感じかしらぁ」

「なんです、それ?」

「ヒ・ミ・ツ。…………まあ、粋って事にしといてあげるわぁ――」

 リーディーは、言葉の最後に、

「――グレイもねぇ」

 と、小さく付け足した。

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