4-3 それぞれの戦場
カタナと共に夜の暗闇を行く事数十分、ウェイルは、建設途中で計画が頓挫したまま放置された高層ビルのなり損ないの前に立っていた。カタナが特定したエルピスの仮拠点とでも言うべき場所だった。
ここに、リリィがいるのだ。
「常に遠目で見て追ったが、リリィは入ったきり出ていった形跡はない。今ならばまだ間に合うだろう」
ウェイルの肩に止まったカタナが言った。
鳥類の視力というのは、人間からは考えられない程高い。その上カタナは遺伝子強化を受けた改造種、皇翼だ。数キロメートル程度の距離なら、たやすく視認できるのだった。
「ああ、行こう」
「此度は我もついて行くぞ。都合の良いことに、骨格だけで壁の揃っていない階が目立つ。我が十二分に闘えるからな」
「解ってる。頼むよカタナ」
「うむ。委細承知した」
機工剣を稼働させ、カタナを肩から左腕へとうつし、昔の自分を少しだけ思い出す。
これ以上玄関前でうろうろしていても何にもならない。ウェイルは意を決してビルへと飛び込んだ。
機工剣を稼働させている以上、この暗闇の中では刀身が目立って仕方がない。隠密行動など不可能だ。かと言って、待ち伏せられて奇襲を受ける可能性を考えれば機工剣を待機状態にしておくのは危険が大きすぎる。結局、機工剣の性能に頼った速攻を仕掛ける以外の選択肢は無かった。
それに、増援がやってきて包囲される可能性や、あるいは、強力な刺客がやってきてしまう可能性を考えても、やはり速攻以外の手は愚策と言えた。
一階、二階と駆け上がって行く。
接敵したのは、三階に上がったときだった。巡回している敵が居たのだ。エルピスの白装束が暗闇から浮きあがる様は幽霊を彷彿とさせた。
機工剣の発光現象に気付いて歩哨が振り返るより先に、ウェイルがカタナの止まる左腕を振り払った。
カタナが、腕の勢いに乗って水平に飛び立つ。
歩哨が振返ったときには、カタナはその眼前にまで迫っていた。
「ッ?」
暗闇の中、横幅三メートル以上はある翼を広げながら鳥が突っ込んできたら、視界など一瞬で埋まってしまう。歩哨は混乱して声を上げる間も無くカタナによって意識を刈り取られた。
人による警戒任務はいつだって二人一組がセオリーだ。ウェイルはカタナを放つとすぐにもう一人の片割れを探し始めた。柱の陰に居るのを発見。見つけたときには男は通信機を握っていた。迂闊。これでバレた。
ウェイルは機工剣を叩き付けて男の意識を刈り取ると、カタナに手信号を送ってすぐに上の階へと上っていった。
もう発見されている以上、いちいち歩哨の相手をする必要も無い。立ちはだかる者だけ切り伏せ、追いすがる者は無視して突き進む。
階段を駆け上るのは地味に心肺機能に負担をかける。戦闘こそ軽く済んでいた物の、警備をなぎ倒して七階に到達した時には、ウェイルの体力も相当量削られていた。
七階には、そこより上にいた警備の大半が勢揃いしていた。
階段の出入り口を取り囲むように並んだ白装束の団体は、異様とか異常とかいう以前に、そもそも現実離れしすぎて幻想的でさえあった。
轟音が響く。
すさまじい量の弾丸がウェイルに叩き付けられる。
それらはAP流体障壁を貫通する事こそ無かったが、その力学的エネルギーの奔流は、障壁表面に大きな波紋や火花を散らし、ウェイルの視界を歪めた。
「使い時……か」
ウェイルは、外套の内ポケットから、受け取った試験管入りのケースを取り出した。
それぞれの試験管には、赤、青、無色の三色の薬品が入っている。ティータ謹製の特性神経毒の材料だ。赤と青を混ぜると急速に反応して有毒ガスを発生させ、無色の方はそれを無毒化する受容体阻害薬だ。
ウェイルはケースの中から阻害薬を取り出して一気に飲み干した。次いで、迷うことなく赤と青の試験管を取り出し、二つの試験管を口でつなげて特製の器具で固定し、前方へと投げつけた。
割れた試験管から流れ出る劇毒が、発熱を伴って気化していく。
「――?」「がッ……」「……かはっ」
この毒ガスは死にはしないが行動の自由を完全に奪う。前もって中和剤を飲んだウェイル以外の全員が、ガスにやられてバタバタと倒れていく。
死屍累々の中を一人悠然と歩くウェイルは、地獄の沼気の中を往く死神にも見えた。
それにしても、と思う。これまでに出会ったのは、誰も彼もが素人に毛が生えた程度だった。それこそ、そこらの不良集団と変わらないレベルだ。明確な指揮者と言えるポジションについた者が見あたらない。
ビルの高さは、外から見た限り十階程度だった。せいぜいあっても十二階くらいまでだろう。となると、すでに半分以上を上った計算になる。未だ腕利きの一人や現場指揮官も現れないというのはいささか不自然だった。
ウェイルが釈然としない思いを感じながら八階に上がったとき、ついに警戒していた敵の一人が現れた。
「あら……また来たの? 二回も見逃してあげたのに」
ウェイルの母と似た姿をもつ、蒼髪の女だ。
女は、にやり、と不敵に口の端をつり上げ、
「流石に三回目は……ないわよ?」
レイピア状の機工剣を引き抜いた。鈍い駆動音と共に、緑の光がフロアを満たしていく。
「世の中には、三度目の正直、って言葉もあるんだぜ?」
言って、ウェイルも機工剣を構えた。シリンダーは既に交換済みだから、APの総量についての心配は無い。
「そっちこそ、今逃げるんだったら見逃してやるけど?」
「冗談。私は守人よ。逃げるなんて選択肢はないの。あなたの方こそ、今から尻尾を巻いて逃げ帰るなら見逃してあげるわよ?」
「そりゃあ余計な――」ウェイルは、言葉と共に機工剣を振り上げ「――お世話ってヤツだよッ!」敵へと肉薄した。
レイピア相手に先手を許す訳にはいかなかった。
機工剣の一撃は、その全てが致命傷たり得る物だから、放たれれば防ぐか避けるかするしかなくなる。レイピアでの突きの様な、防ぎにくい攻撃を立て続けに放たれたら防戦一方になってしまうのは、先の一件で証明済みだった。
右、左、上、下。
突き、斬り、払い。
剣、拳、足。
ウェイルはありとあらゆる攻撃手段で、一瞬の間も空けることなく攻め立てた。
「ちィッ……」
蒼髪の女は、放たれた斬撃をレイピアの細い刀身で無理矢理に押し返して距離を取った。AP循環刀身同士が相殺し合い、APの飛沫が緑色の光粒として飛び散っていく。
「やっぱり、刀身は脆そうだな」
はじき飛ばした感触を噛みしめ、してやったり、といった表情でウェイルが言った。
見た目から解っていた事だ。威力をAPに頼った刀身は明らかに強度不足だった。AP循環刀身を無理矢理相殺して刀身部を叩き付ければ、武器そのものに少なくないダメージを与えられる。
「折られる前に一刺しすれば私の勝ちだわ」
「一刺し貰う前にヘシ折れば俺の勝ちさ」
互いに似た言葉を吐いた所で、戦闘が再開された。
緑色の飛沫が舞い散る中、二人は言葉と力をやりとりしていく。
「どうしてそこまでするというのッ!」
女が瞬速の突きを繰り出す。
「リリィの為に……決まってんだろうがッ!」
ウェイルはそれをしゃがみ込む事で無理にかわし、そのまま足払いを仕掛けた。
「ちッ……。あんな小娘一人の為に何故――」
女は、それを後ろに飛び退く事で避けたが、
「人を助けるのにいちいち理由がいるのかよッ?」
ウェイルはその隙を逃さずに女へと肉薄。右上段からの斬撃を放つ。
「私は助けて貰えなかったッ!」
悲痛な訴えと共に、放たれた一撃を打ち払う。
「それは――」
ウェイルの脳裏に、カタナの言葉が蘇った。『それはエゴだ――』
「どうしてあの子だけが!〈ピリオド〉だからだとでも言うのッ!」
女の言葉は徐々に怒号から悲鳴へと変わって行く。
「そんな訳じゃ……ッ!」
悲しみと共に打ち出される緑色の閃光を、ウェイルは距離を取って避けた。
「あの子も! 私も! 同じ〈リワークス〉でしょう!?」
女は、感情のまま、がむしゃらに追撃を繰り出していく。
「それは……違うッ!」
ウェイルは、無数に放たれる光の軌跡の前に防戦一方になりつつあった。
「違わないわッ! だから、あの子も私と同じ様に利用されるべきなのよ!」
女の声は最早悲鳴ですらなくなりつつある。
「違う! アンタも! 俺も! ――同じ人間だろうが!」
気付けばウェイルは窓際まで追い詰められていた。
「だったら――だったら私を助けてよッ!」
涙声と共に放たれた一撃が、ウェイルの脇腹を貫いた。
ウェイルが廃ビルで戦闘を繰り広げていた頃、グレイは単身、街の中心側のスラム街の一角を歩いていた。
いつも通りにだぶついた黒のロングコートを羽織り、煙草をくわえながら、歩く。
夜道はいつもより一層静まりかえっていて、まるで時が止まっている様だった。そんな中を悠然と歩くグレイの足音は、不気味な程周囲に反響している。
「約束の場所は……このあたり、だな」
グレイは目的地に着くと立ち止まり、両手を挙げて攻撃の意志がない事を示した。
それを受けて、物陰から白装束が出てくる。
「来たな。グレイ・ハルバード」
「おや……? その声からすると、ふむ、彼ではないのか」
グレイにかけられた声は、サイモン・アルティールのそれではなかった。
「貴様の様な野良犬ごときに、あの方がわざわざいらっしゃる必要はない」
「あの方……ねえ」グレイは軽く嘲笑する様に口を歪めた。「まあいいさ。それで、私の様な卑賤な野良犬は、そのお方の憶えめでたくなろうと必死に尻尾を振ったつもりなのだが……、ご褒美の方はないのかな?」
グレイの問いに、白装束は沈黙を持って答えた。代わりに、白装束は右手を挙げた。
「何かの合図かな? 運ぶのに人手が要る様な物を報酬に頼んだ憶えはないが?」
「黙れ殺人鬼」
白装束の言葉が、急に鋭く悪意ある物に変わった。元から好意的ではなかったが、今のそれは悪意を隠そうともしていない。
次第に、そこら中から白装束が現れてくる。皆、重火器で武装していた。
「…………」グレイは沈黙を守った。その口の端が釣り上がっていく事に、誰も気付かなかった。
「大戦中に貴様にやられた仲間の数ははかりしれん。戦場の銀弾め! 今ここで我らの恨み、晴らしてくれる!」
「……命乞いも認めてくれないのか?」
「当然だ! 貴様の様な、人を殺す為に作られた人形なぞ、たとえ〈マスターピース〉であったとしても、我ら真の〈リワークス〉とは別物だ! あの方は最初から貴様を信用してなどいなかった!」
「クク……クククク……」グレイは、気が狂ったかのように笑い出した。「ハッ……ハハハハハハハ!」
「何がおかしい!」
「いや……失敬。流石にこんな状況になってしまってはな。笑うしかないというヤツさ」
「ふん、逃げ出さないだけ往生際が良いな。そこだけは褒めてやる」
「――逃げ出さない?」グレイの口がいよいよ不気味な三日月型になった。「馬鹿を言っちゃあいけない。こんな状況、というのはな。こんなにも思い通りの展開になるとは思わなかった、という意味だ」
「何を言って――?」
グレイが、悪魔そのものの様な、嬉々とした表情をした。
――久しぶりに、灰色の戦斧から、銀色の銃弾に戻るとしよう。
「先に裏切ったのは……お前達だからな?」
言って、グレイは合図の指を鳴らした。
銃声。銃声。銃声。
ありとあらゆる所から銃声が、爆発音が、悲鳴が上がった。マズルフラッシュが、闇夜を無秩序に切り開いた。
グレイに意識を向けていた、待ち伏せていたエルピス達が軒並み、誰かに撃ち殺されていった。
「ど……どういう事だッ?」グレイの眼前で男がみっともなくうろたえた。
「残念。オレには有利になったからと語り出すようなクセはなくてね」
そう吐き捨てて、グレイは目の前の男の頭を掴みあげた。
「オレはアイツみたいに甘くはないんだ。殺るべき時はキッチリと殺る」
グレイは、淡々と男の頭を締め上げていく。
「ガッ……」持ち上げられた男が悲鳴を上げた。頭から持ち上げられているだけでも、体重が不自然に首や頭にかかって辛いというのに、その上頭がまるで万力で締め上げられるかの様に痛む。男は手足をばたつかせて抵抗したが、グレイは意にも介さなかった。
「全く……嘆かわしいとは思わないか? 腕に油圧式の駆動システムなんて埋め込まれたせいで、頭蓋骨も簡単に握りつぶせるような握力になってしまってる訳だ。ああ嫌だ嫌だ。おかげで不器用が過ぎて手術の手伝いなんて出来やしないのさ」
豹変したグレイは、銃撃戦を背景に、銃声をBGMにして、狂気を演じきっていた。
「あ……ガァァァァアアアアアアアアアア!」
ぐぐぐぐぐ――――ぐちゃり。あかいなにかがとびちりました。
「ハハハハハハッ! 一人も……一人も逃がしはしないぜ?」
返り血で赤く染まったグレイの顔には、血と一緒に不気味な笑顔がべったりと張り付いていた。
グレイは、エルピスが、サイモン・アルティールが現れた時点で、一つの計画を、すなわちこの惨劇への計画を組み立てていた。
計画を立てる上で一番大事な事は、何を達成したいのかをはっきりさせる事にある。
今回の場合、ウェイルやグレイ達にとっての目標は、リリィに迫る危険の排除と再発の防止にあった。
それを実行するにはどうするか? 危険、つまりエルピスを排除するしかない。だが、それを普通に遂行する事はきわめて難しい。そもそも実態が不透明でどれだけの戦力がこの街に潜入しているかも解らない上、機工兵器を運用する様な者までいた事を考えれば、力押しは不可能だった。
そこでグレイは、自身を囮にしてエルピスの実効戦力をおびき出す事を計画したのだ。
そこには、サイモンがグレイの事を知っていた事も有利に働いた。グレイ・ハルバードという男を排除するには、一定以上の戦力が無ければならない、と知っていたのだから。
サイモンと二、三会話した時点でグレイは行動方針を決定し、最大限サイモンが信用しなくなるように行動した。何よりも金を優先するようなそぶりを見せ、自身の被保護者を平然と売る様な男を演じたのだ。
だが、逆に信用されなさすぎても問題だ。裏切る為に必要な一定量の信用を得る為には、どうしても一度リリィの身柄を向こうに渡す必要があった。
だからわざとウェイルとリリィに買い物を頼み、その裏ですぐにエルピスにそれを伝え、襲わせた。エルピスは、誘拐はともかく、街のまっただ中で白昼戦闘行為や殺人を出来る立場に無い事を考えた上での行動だった。エルピスは日の光を、世間の注目を浴びて良い組織ではないのだから。
そうして一定量の信用と不信感を両立させてしまえば、後は簡単だった。
信用を用いて報酬をよこせと言えば、エルピスは確実にそこで消しにかかってくる。そこにはエルピスの実効戦力の大半が注ぎ込まれるだろう。エルピスはそもそもここ最近街でのやんちゃが過ぎていたから、連中をおびき出すから消してくれ、と頼めば、乗ってくる組織はいくらでもいた。メイツハーツクリニックの中立性と一定以上の名声も有利に働いた。
その結果が、今繰り広げられている惨劇だった。
裏切られる事を最初から予定して、裏切り返した。それだけの事だった。
今、この街に潜入していたエルピスの実効戦力の大半はここで討ち取られている。リリィの傍には、まともな戦力はほとんど居ない状態だった。エルピスはこれでこの街に潜入できた戦力の大半を失うし、ウェイルもおそらくはリリィを救うだろう。
グレイは自身の計画が巧くいったことに満足していた。
グレイは、惨劇の渦中から逃げ出そうする一団を見つけると、追走を始めた。その背後では未だ悲鳴と銃声の協奏曲が奏でられている。
「オレが見逃すとでも思っている訳か?」
逃げ出す敵は四人。おそらくは全員それなりの訓練を受けているだろう。そんな連中をウェイルやリリィの元へやる訳にはいかなかった。
一団は細い路地へと逃げ込んでいった。グレイもそれに続く。
「ここならばッ……」
敵の内、殿を務めていた一人が急に反転して、グレイへと銃を向けた。
小気味の良い銃声が路地に響く。グレイは機工剣を持ち出して居なかったから、銃弾をまともに受ければ致命傷だ。
だが、放たれた銃弾は一発たりとも、グレイに掠りさえしなかった。
グレイは敵が反転を始めた瞬間には、脚部に仕込まれた跳躍用のスプリングに圧を掛け、その反動で二メートル近い高さまで飛び上がっていた。
「なッ?」
何の設備も無しに二メートル以上の高さまで跳び上がるなんて芸当は、人が人型をしている限り出来ない芸当だ。驚きと困惑、理解不能な事象の前に殿の男は言葉を失った。
グレイは、落下と前進の勢いを乗せて、
「まず一人ッ!」
男の頭蓋に一撃。拳が骨を貫通して柔らかい何かを破壊した感触に満足を憶える。
着地の衝撃を脚のスプリングで吸収し、その反動でまた跳び上がる。グレイは文字通り戦場を駆ける弾丸になった。
グレイは、人体工学的に不可能な挙動を可能とする為に改造された自身の肉体を、訓練と戦場で培った確かな運用法を用いて適切に操っていた。
跳弾を彷彿とさせる不規則な機動で敵集団を追いかける。
「ちぃッ……」「クソがッ……」「畜生……」
追い立てられた哀れな三匹の獲物は、グレイが大地を蹴る音が近づいてきたのに気付いて、思い思いの言葉を吐き捨てた。
「逃がしはしないと言っている!」
グレイが逃げる三人を視界にとらえた。コートの内ポケットに手を伸ばし、病院でくすねてきたメスを取り出し、投射。
「――?」
放たれたメスの内一本が逃げる者達の内一人の首筋に命中した。鋭利や刃が音もなく突き刺さり、動脈を切り裂く。赤い噴水の出来上がりだった。
「……リーディーの様にはいかない物だな」
グレイは親指と人差し指、人差し指と中指で一本ずつ、合計二本のメスを同時に投射していたが、一本は外れたのだ。これがリーディーなら、片手で三本持ち、放つ動きと戻す動きで投げて全て命中させる位は平気でこなす。
「まあ、餅は餅屋と言った所か」
グレイは噴水の脇を駆け抜け、次の獲物を狩りにかかった。
跳躍の動きに捻りを入れ、空中から回し蹴りを放つ。
「ぐっ……」
敵は放たれた蹴りを、手に持った銃を犠牲にして何とか防いだ。その手にある銃は、大きくひしゃげている。
グレイは、反動でよろけている相手目がけて手刀を突き出した。放たれた暴力の化身は、腹部を突き破り背骨を抉って貫通。引き抜く動きで更に傷口を抉る。
力なく倒れ込んだ哀れな獲物の頭部を持って持ち上げ、未だ逃走を続ける最後の一人目がけて無造作に投げつける。
「これで仕舞いだ」
重量七十キロにも及ぶ肉塊を背後から不意打ちで投げつけられて、最後の一人も倒れ込んだ。起き上がるより先にグレイが追いつき、その首筋を掴んで持ち上げた。
「ぐ……ガ……、この……化け物がッ……」
「そのセリフはもう聞き飽きててな。お前達の語彙は猿以下なのか?」
「……なんとでも……言えッ……。あの方が……聖女を連れて、脱出出来れば……私達の……勝ちなのだッ」
「聖女……ねえ?」またえらく仰々しい呼び方だ、とグレイは苦笑「まあ、ウェイルが巧くやるだろうさ」
「人形にも勝てん子供に……何が出来るッ……」
「人形? 何を言っているかは知らないが、お前達、あの子の事を見くびりすぎだろう」
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