2-5 結果報告
EMCに続いて黎明会への請求も終わり、ウェイルが自室へと帰って来られたのは、草木も眠る丑三つ時の事だった。いつの間にか、リリィは居なくなっていた。リーディーの部屋に行ったのだろう。
「疲れたッ! そして怖すぎるッ!」
ウェイルは、色々と張り詰めた物から開放されたせいか、若干気が高ぶっていた。
先程までの出来事を思い返す。
後に行った黎明会の方は、EMCと違って今回が初めてという訳では無かったので、大分物分りが良かった。
が、だからと言って大人しくすぐに金を出してくれる程この業界は甘くないのが辛い所だ。個人ならともかく団体の場合、下の者達が見ている手前、何もせずにホイホイと金を出す訳にも行かない部分があるのだろう。
今回の場合は、血気盛んで「そんな話は信じられない」と言った態の若い衆をけしかけられ、後は似た様な物だった。
EMCと違う所と言えば、最後、親分が「ああやっぱりこうなったか」と、なんとも申し訳無さそうな顔をしていた事くらいだった。
ウェイルは、慣れた手付きで機工剣一式を片付け終えると、今回使用した使いかけのシリンダー二本を持って部屋を出た。
リビングに向かうと、グレイとリーディーが待っていた。グレイは煙草を、リーディーはコーヒーを悠長に嗜んでいる。人が苦労している間に何を……、と思わなくも無いが、気にするほどの事でもない。
やってきたウェイルに気付いて、声が掛けられる。
「お疲れ様ぁ、お使いありがとねぇ」
「ご苦労様、と言った所か。カタナが拗ねて先に帰ってきていたぞ、出番が無い、とな」
「今回は屋内だったからしょうがないじゃないですか……」
「私もそうは言ったがな。あの阿呆鳥なりに、思う所があったんだろうよ」
「へえ。ま、とりあえず報告しときますと、いつも通り大事無し、滞りなく終わりました。で、今回使った分はこれだけです」
ウェイルは持ってきた二本のシリンダーをグレイに手渡した。
「ほう、一箇所一本……いや、余りもあるからそれ以下……か。手際も良くなってきたという所だな」
「まあ、節約しましたから」
「これからもそうしてくれると、こちらとしては助かるな。いつも通り補給は私がやっておこう」
「お願いします」
アイギス粒子を運用する事自体は、さして難しい事ではない。機工剣をはじめとしたツールの使い方さえ把握していれば、誰にでもそれを扱う事は出来る。
真に難しいのは、その生成と制御だった。
AP自体は基本的に害のある物ではないが、その生成過程には一時的に非常に不安定で危険な中間生成物が存在する。また、規模こそ小さいが非常に精密で複雑な機材が無ければ、そもそも生成出来ない。
その為、APの生成には専用機材と専門知識が必要とされるのだ。
グレイは貴重な、APに関する専門知識を持つ人間だった。
機材の方は、過去グレイとウェイルが路上生活をしていた際に使っていた車に積まれている。キャンピングカーを改造して中にAP生成装置を搭載した物で、実際の居住空間は乗用車以下という代物だ。
「それにしても不思議よねぇ、なんでグレイのおじさまがそんなご大層な物持ってるのかしらぁ」
リーディーがグレイの手にあるシリンダーをつまらなそうに見つめながら言った。
「おじさ……。ええい、まあいい」
グレイが忌々しげに顔を歪める。
グレイはまだ三十二歳で、おじさん呼ばわりされる様な歳では無かったし、見た目に至っては導入されている抗老化遺伝子のお陰か二十台前半で通る物だ。
だが逆にそれがリーディーに言わせると「実際の歳が解らないじゃないのぉ、サバ読んでるんじゃないのぉ?」という事になり、いつの間にか年寄り呼ばわりが定着していた。
幾度否定しても訂正される気配が一向にないので、グレイはこの件に関して半ば諦めていた。不快感と、説得に使うであろう労力を比べた結果だった。グレイが、ティータには女史と敬称を付けるのに、リーディーにはつけないのは、この意趣返しでもある。
「……前にも言った様な気がするが、私は機工剣の試験運用部隊の後方支援に回されていたんだ。軍医なんだから頭が良い筈だ、だからAPの扱い方を学んで支援に回れ、と言った話だよ」
ウェイルは何度か聞いた話だった。聞いていても楽しくもなんともないので、席を立って自分の分のコーヒーを入れに行く。
背後から話の続きが聞こえてくる。
「まあ、装甲車に積める程度の機材で幾らでも生成出来るんだ、わざわざ遠隔地で生成して輸送するのに比べれば、という話だったのだろうな。如月の技師を別途に雇い入れる金を惜しんだというのもあるんだろう。良い迷惑だったよ。もっとも、お陰様で今は良い思いをさせて貰っているが、な」
そう言って、グレイは含みのある笑いをしてみせた。
グレイはAP関係の機材一式全てと、機工剣二振りを軍から拝借──要するにネコババ──してきているのだ。ウェイルの物とは別のもう一振りのそれは、予備機としてグレイが保管している。
「ふぅーん。まあ、そういう事にしといてあげるわぁ」
「そういう事も何も…………、まあ構わんさ」
グレイからすれば、要らぬ詮索さえされなければ別に問題はないのだ。自分の言を信じさせる必要性は無かった。リーディーの反応も、そういった事情を思っての態度だ。脛に傷持つ者をわざわざつつく様な者はこの病院には居ない。
「それにしても……、良い思いって、確かに俺も楽させて貰ってますけど、なんか他に言い方あるんじゃないですか?」
ウェイルはテーブルに戻ると、不満げにそう言った。
「何、別に間違った事は言っていないだろう」
「そりゃそうですけどね……」
「こらこらぁ、そうやってウェイルをイジメちゃ駄目よぉ。それにしてもぉ、本当にお疲れ様ぁ」
「ありがとうございます。……でも、そう思ってくれるならそもそも行かせないで欲しい所ですけどねー……」
「御免なさいねぇ。ほらぁ、あっちはダメ、こっちはイイ、ってやる訳にも行かないじゃなぁい。それに今更止める訳にも行かないわぁ」
リーディーが言うように、メイツハーツクリニックの存在は、全ての勢力に公平に牙を向くからこそ許されている面がある。これで、どこかの勢力を贔屓にしたり、あるいは急にその執行を止めよう物なら、この病院は様々な面で立ち行かなくなるだろう。
「それじゃあせめて、たまにはリーディーさん達が行って下さいよ……」
「居候さんがそんな事言っちゃうんだぁ? それに、こんなか弱い乙女に怖い事させるつもりぃ?」
か弱い乙女もへったくれも無い。リーディーは平時の言動からしてそうとはとても思えないが、何よりそれ以前に、ウェイル達が来る前は、彼女ら姉妹自身が医療費の請求を行っていたのだから。
「……もういいです」
人生、諦めが肝心だ。……とはいえ、唯々諾々というのも気に食わない。ウェイルは、せめてもの抵抗として、わざとらしく大きく溜息をついてみせた。
「で」リーディーは当然その無言の抵抗を無視した。「そんな事よりリリィちゃんの事だけどぉ。喋れる様になったって本当なのぉ?」
「……ええ。俺の事、名前で呼んでくれたんですよ。ちょっと間違ってましたけど」
「まだウェイルだけって訳ねぇ。私の部屋に連れてく時は呼んでくれなかったしぃ。ちょっと悔しいわぁ」
「きっと、すぐ皆呼んでくれますよ」
ウェイルはそう言って笑って見せた。
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