2-3 本業

「馬鹿野郎どもが表でドンパチしやがった!」

 叩きつけるようなその言葉と共に、メイツハーツクリニックに大量の怪我人が運び込まれてきたのは、その日の午後の事だった。

 聞けば、屋台の店先での口論がきっかけで喧嘩になり、最後には小規模な衝突にまで発展したという事らしい。

 問題は、彼らが互いに反目しあう違法勢力に所属していた事、末端に属する所謂チンピラで自制が効かずイキが良かった事、そしてラーメン屋の親父が折れなかった事の三つだった。

 毎日限定十食の限定メニューが残り一皿という所で、その最後の一皿を巡って馬鹿共が喧嘩し始めたのが事の発端なのだ。ここで折れなかった親父には敬意を表すべきなのか、柔軟性の無さを咎めるべきなのか、誰にも解らない。

 とにかく、結果的に真昼間の路上で銃撃戦が展開される事になった。理由こそ馬鹿その物だが、戦闘の拡大に理由は要らないのだ。確かに路上で仲間が撃ち合いをしていたら、理由はともかくまずは加勢に入る物なのだから。

「意味が解らん……。まあ、現実に戦いは起こったんだ、何時の時代も訳の解らない理由でも戦いは起きる、という事か。さながら現代の遭遇戦と言った所だな」

 次々と運び込まれてくる患者達の緊急度の見極めと応急処置をしていたグレイは、手当中の患者から事の顛末を聞いてそう笑っていた。

「これは……酷いなあ……」

 ウェイルは受付や廊下まで広がる惨状を見て呟いた。怪我人達の様子から、銃だけに留まらず爆発物まで使用されたのが手に取るように解った。

 今では再生医療の奇形的な発達のお陰で、即死で無い限り、脳以外の損傷は回復可能になっている。そのせいだろうか、前大戦からこっち、どうも人に対して過度の火力を行使する事に抵抗の無い人種が増えている様にウェイルには思えた。再生医療とて、可能だ、というだけで、それが簡単に出来る、という訳では無いのに。

 リリィを先んじて二階にやっておいて良かった、と心底思う。こんな凄惨な光景はリリィには絶対に見せられない。

「それにしても……これは先が思いやられるなあ」

 こんな時に、そんな事を思うのも不謹慎だとは思う。が、ウェイルは自分のちょっとした運の無さを嘆いていた。

 ウェイルは、幼年期からの慣れのせいか、この手の光景に対しての感性が麻痺してしまっている部分があった。よく言えば冷静で居られるという事だが、悪く言えば関心が薄いという事でもある。

 実際、ウェイルは怪我人の山を目の前にして少しも動じず、彼らに直接は関係の無い事を考えて、先が思いやられる、と言ったのだ。

 それはすなわち、今夜には決行されるであろう医療費請求の事である。

「まあ、今回は凶報は無しで済みそうかな」

 それだけが唯一の救いだった。


 時計の針が二本とも上の方を指した頃、総勢十四名の重傷者全員の治療ないし応急処置が完了した。

 今、メイツハーツクリニックの面々は、二階、私室エリアのリビングに集合している。居ないのはリリィだけだ。彼女は今ウェイルの私室でお留守番の最中だった。

 居合わせる者達の姿には一様に疲労という陰りが見えたが、その顔に浮かんでいるのは疲労感だけではなかった。例えるなら、祭りが終わった後、身内だけの後夜祭に向けて心を躍らせている、そんな風に見えた。

「えー、それではぁ、下手人も一通り割れた所でぇ、本日の結果報告と医療費請求のブリーフィングを始めたいと思いまぁす」

 リーディーがいつもと変わらない、否、いつもより少し元気そうな調子で言った。

 リーディーはメイツハーツクリニックにおいては外科的処置の全てを担っている。だから、こういった事件に際しては一番仕事が多くなるのだが、そんな様子は微塵も感じさせない。

「でぇ、まずは私からだけどぉ、外科的治療で掛かったのと、これから掛かるのはぁ、大体これくらいねぇ」

 言って、リーディーはウェイルに二枚の紙切れを手渡した。請求書である。金額は奇麗に二等分されており、請求先は未だ空欄だった。

「うっわ……、これはまた……すごい額ですね」

「ほらぁ、人数が人数だったしぃ。それに、ティータの方がもっと凄い事になってるんじゃないのぉ?」

「そうね、姉さん。多分ケタが違うと思うわ。そういう訳だから、はい、ウェイル君」

 言って、ティータもウェイルに請求書を手渡した。やはり金額の等しい二枚で、同じ様に請求先は空欄になっていた。

「これは……」

 ウェイルが絶句した。確かに予想よりゼロが多い。しかも二つ程。

 ティータは、この病院においてリーディーが担当しない部分、つまり、切った張っただのと言った外科的手術以外のすべてを担っている。だから自然といつも彼女からの請求額の方が多くなるのだが、特に今回は酷かった。

 ちなみにグレイはあくまで手伝いであり、基本的に二人を公平に手伝っている。ただ、何かしらの事情があるのか、外科手術だけは絶対に手伝わない。本人に言わせると、不器用だから、だそうだが、どこまで真実なのかは解らなかった。

「今回は……ほら、その、千切れちゃった人が多いでしょ? 再生治療はすっごいお金かかるから」

 ティータが戸惑いがちに言った。

「千切れ……って」

 やけに生々しい表現だ。確かに運び込まれた患者の中には四肢が欠損した者も多かったが、他にもう少し言い方はなかったのだろうか。ウェイルが少し言葉につまる。

「それに、ホラ、こういう時に稼いでおかないと辛いしね」

 ティータがそう言って笑った。恐ろしい笑顔だ。

 メイツハーツクリニックが良心的な価格で経営できる理由がここにあった。

 普段の利益は無いような物、あるいは赤字レベルだが、こういった時に法外な料金を請求する事でそれを補填しているのだ。

「金の話が終わった所で、下手人の事だが」

 グレイは、くわえていた煙草を灰皿においた。

「いつも以上に役に立たないCEの役人共をつついて来た。相変わらずセキュリティがザル並みだ」

 CEとはセントラル・イーストの略であり、表向きこの街を支配している中央東政府の事を指す。グレイは、ニューデイズにあるCEの警察機関にハッキングをしかけたのだ。

「最初にやらかしたのは、EMCのサルト・ウォッチャー、二十六歳男性、と、黎明会のハンス・ノーリッジ、二十一歳男性、だそうだ。ただ、今回は団体様だ。請求先は個人ではなく団体の方になるだろうな」

「うわ……、しかもEMCって、もしかしなくても、エルミ&マーフィー商会ですよね」

「そうなるな。くくっ……、ご苦労様、という訳だ」

 エルミ&マーフィー商会と言えば、ここ最近になってニューデイズに進出してきた勢いと力のある勢力だ。いくつかの理由から、ウェイルの脳内の違法組織リストの中、係わり合いになりたくないランキングの上位に燦々と煌く組織だった。

「細かく面倒な所はこちらでやってやるさ。子供は大人しくお使いをしてくればいい」

「お使いってレベルじゃないでしょ……絶対」

 そう、ウェイルのメイツハーツクリニックにおける本業とはつまり──

『この種の人間から強制的に被害者の為の医療費を取り立てる事』なのだ。

「はあ」

 ウェイルは、準備のために自室の前まで戻ると、一度溜息をついた。

 やはりリリィの前では暗い顔はしたくない。そういう気分は廊下においていかなければ。

 気分を変えてドアを開ける。

「ただいまー」

「くー……」

 ウェイルを出迎えたリリィは、一人でいて退屈だったのか、眠りかけていた。

 それならそれでいいと思う。これから暴力行為を働きに行くのだ。そんな姿、好き好んで見せる物でもない。

 窓の外のカタナに視線を送ると、カタナもウェイルに気付いた。

 カタナはこう言った際にもパートナーとしてウェイルと行動を共にする。今も、カタナは外で準備万端と言った風だった。

 ウェイルは何も言わずにリリィの方へと一度視線を送り、それからカタナに戻す。

 それだけでウェイルの意図が伝わり、カタナは先に飛び立っていった。

 いつもは部屋で最後の打ち合わせを行うのだが、今はリリィがうとうとしていたので、外でやろう、という訳だ。

「さてと……」

 小さく呟いて、部屋の隅のウェポンラックを、音を立てない様にゆっくりと開く。

 内部に眠っているのはすべてグレイから受け継いだ物だ。機工剣と、その燃料である圧縮アイギス粒子液の入ったシリンダーが四個、それともしもの時の為の防弾繊維製の戦闘用外套である。

 防弾衣など、機工剣が機能している限り必要になる可能性は絶無だが、機工剣やシリンダーを留めておくハードポイントがある事や、カタナを腕や肩に止める時に便利と言う理由でこれを着ていく事になる。

 カタナに限らず鳥類、特に猛禽類の足の力は非常に強く、生の腕にそのままとまらせよう物なら、相当の傷みと生傷を甘受しなければならなくなるのだ。

 機工剣を取り出し、シリンダーの中身が満たされているのを確認して、取り付ける。リアクターを稼働させ、動作点検を行う。

 72センチ×5.4センチの鉄板が淡く緑色に光ったのを確認して、リアクターを止める。一瞬の展開でも、嗅ぎ慣れた湿っぽい匂いが立ち込めてくるのが解った。

 ウェイルは、コートを羽織り、腰に機工剣を、残る三つのシリンダーを内ポケットに入れ、立ち上がった。

「それじゃ、行ってきますか」

 一人呟く。その調子は、ちょっと買い物に行ってきますか、という時とまるっきり同じだった。

「あー……っと」

 ウェイルが何かに気付いたように立ち止まった。

「リリィ、これじゃ風邪引くよ」

 座り込んでうとうとしていたリリィに話しかける。

「ふぇ……?」

「起きた? リリィ、寝るんならちゃんとベッドで寝ないと風邪引くよ」

 言って、リリィの手を取り立ち上がる。リーディーの所に連れて行かなければならないだろう。

「んむー……」

 まだ眠くて頭もすっきりしないのか、リリィが眠そうに目をこする。

「ほら、行こう、な?」

「んー……、ウェール……」

「────ッ?」

 ──今、リリィは何て言った?

「ん! ウェール?」リリィが、ウェイルを指差して言った。

 ──間違いない!

「そう! そうだよ! ウェイル! 俺はウェイルっていうんだ!」

 ──ちょっと違うけど、まあいいかな。

「んー……」

 リリィは相変わらず眠そうな顔で、立ち去ろうとするウェイルの手を引く。動きたくないのだろう。

「あ、やっぱり眠いか。しょうがない。リーディーさんには言っておくから、俺のトコで寝てもいいよ」

 言って、一つ大きく頷き、自分のベッドを指差す。言葉が伝わっているかは解らないが、身振り手振りは伝わっているはずだ。

「ん」

 リリィは小さく頷くと、緩慢な動作でもぞもぞもとウェイルのベッドに潜り込んでいく。

「それじゃ、おやすみ」

 ウェイルはそれだけ言うと静かに部屋を出て、外付けのスイッチで部屋の電灯を消した。

 そして廊下を少し歩いた所で、急に立ち止まる。

「────ッ! リリィが喋った! 喋ったんだ!」

 ウェイルは、眠そうなリリィの手前開放出来なかった喜びの感情を、余すところ無く堪能した。

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