2-2 赤子のような少女
丁度カタナが平静を取り戻した頃、リリィとリーディーが帰ってきた。
カタナは平静を取り戻すのに一分とかけなかった。熱しやすく冷めやすいという事は、やはり中身の水が少ないのだろう。二人が帰ってくるのがもう少し早ければ、リリィは何かよく解らない物と戦っている──様にしか見えない──カタナを見て怯えてしまったかもしれない。それを思うと、これはこれで良かったのかもしれない。
リリィは、部屋にウェイルが居るのを見つけると、リーディーの手を解いてウェイルの方へと駆け寄った。
否、突撃した。
「ぐぁッ……」
およそ十五歳前後の少女とは言え、それが全速力で駆け寄ってきて、そのまま飛びかかる様に抱きよって来たら、その衝撃は相当の物だ。その上、幼子というのは往々にして手加減を知らない。全力の体当たりを食らったも同然だった。痛い。
それでも、吹き飛んだり倒れこんだりしなかった辺りは、流石と言った所だろう。ウェイルは、突っ込んできたリリィをぎりぎりの所で抱きとめ……もとい押さえ込むと、彼女の頭を撫でる。
「よーしよし。くっ……痛ぇ……。リリィ、頼むから少しは加減って物を……。まあ、無理か」
「ふぃー♪」
リリィが嬉しそうな声を上げた。その様子は、尻尾を振る子犬の様な、小動物的な可愛さを連想させる。
リリィの満面の笑みを見ていると、ウェイルも自然と穏やかな気分になった。
「やっぱりウェイルに一段と懐いてるわねぇ、妬けちゃうわぁ」
その様子を見て、リーディーがからかう様に言った。
「まあ、懐いてくれるのは素直に嬉しいですけどね。でも……これはちょいと……」
「はいはい、文句言わないのぉ。グレイさんも言ってたんじゃないのぉ? 今のリリィちゃんは体こそ成長してるけど、心は赤ちゃんのそれと大差ないのよぉ? ちゃんと受け止めてあげないとぉ」
「解ってますよ。それくらい」
「ならいいけどぉ。……それにしても、ほーんと、ウェイルにべったりよねぇ。刷り込みかしらぁ?」
そう、実際問題として、リリィはウェイルに対して、他とは比べ物にならない程良く懐いていた。それこそ、リーディーの言うとおり刷り込みなのではないか、と疑いたくなる程に。
「まさか。ま、懐いてくれるのは素直に嬉しいんで、それだけで十分ですよ」
言って、胸元のリリィを見る。止めるとあからさまに寂しそうな顔をするので、今もまだ頭を撫で続けている。
「ふぃ?」
リリィが不思議そうに見上げて来た。
「ん。何でもないよ」
言って、微笑みを返す。
「──?」リリィはまた不思議そうに顔を傾げたが、すぐに安心しきった表情に戻る。
「そうやって頭撫でられてる所だけ見るとぉ……、本当に赤ちゃん見たいよねぇ。首が据わってる分、気も使わなくて楽かしらぁ?」
リーディーが至極真面目そうな様子で言う。
「赤ちゃんの頃って、無条件で温もりを求めるって言うしぃ、撫でてもらって安心するんでしょうねぇ」
「そういうのって、普通男より女に行きそうな気がしますけど。やっぱり母親には勝てない気がしますよ」
ウェイルは小さい頃を普通とは言えない家庭環境で過ごして来たが、やはり父親に無視される事よりも、母親に会えない事の方が堪えていた風に思えた。もっとも、それらの記憶はもうおぼろげで、印象的な断片くらいしか思い出せない。引き摺らない、という意味では成長したのだろう。
「聞いた話だけどぉ、本当の赤ちゃんの時でさえおっぱいよりも温もりの方を優先するらしいわよぉ? 単純に愛情とか安心感が重要なんでしょぉ? アタッチメントとか言うんだったかしらぁ」
「おっぱ……」
リーディーの何気ない一言が、ウェイルの中の引いては行けない引き金に引っかかった。
そう、精神的に幼子だろうがなんだろうが、リリィの体は思春期相当の女性のそれなのだ。女の子と女性の中間層。なんとも際どい。気にしなければ気にならない、気にし始めると気になる、そんなライン。
「リリィ……ごめん」
ウェイルは鉄面皮になって、ゆっくりと、さり気なく、かつ頑なにリリィを押し退けた。
「あらあらぁ、ウェイルったら、ロ・リ・コ・ン♪」
「…………、何とでも言って下さい」
今、リーディーの相手をするべきではない。したら、余計に泥沼だ。
「──???」
リリィが豆鉄砲に打たれた様にしている。何故退けられたのかも、何故ウェイルが赤くなっているのかも解らないのだ。
「……、いや、ホントゴメンな、リリィ」
ウェイルはとりあえず謝る。別に悪意があってそうした訳ではないのだ、と伝わってくれれば嬉しい。
「よーしよしよしぃ。リリィちゃぁん、えっちぃウェイルは置いといてリーディーお姉さんと一緒に遊びましょぉ?」
そう言って、リーディーがリリィの世話を買って出た。途中、さり気なくウェイルに流し目を送る。ごめんなさいねぇ、との無言の意思表示だ。
「はぁ~……」
ウェイルは、リリィ達が積み木遊びに興じ始めたのを見守ってから、魂の底から染み出た様な深いため息を付いた。疲れた。仕方ないと言い訳はしたくないが、やはり仕方ない部分もあると思う。無性に叫びたい気分だった。
「ご苦労」とカタナから平坦な言葉が投げかけられる。その一言にカタナの万感の思いが込められていた。すなわち、下らない、である。とはいえ、労いの言葉を掛けてくれるだけありがたい。
「さんきゅ……。でも、労いの言葉より、助け舟の方が欲しかったかな……」
「む、それはすまぬ事をしたな。いや何、少しリーディーの言葉が気にかかってな。考え事をしていた」
「はあ?」
「リーディーは貴様の事をロリコン呼ばわりしていたが、ロリコンとは幼女愛好の事であろう? リリィは見た限り既に繁殖期を迎えておるハズだ。それをロリコン呼ばわりとは、不適切であろう……」
「────生々しいんだよこの阿呆鳥ィッ! 鳥類と一緒にすんなぁーーーッ!」
結局ウェイルは叫んだ。
直後、リリィが驚いて飛び上がったのは言うまでも無い。
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