六時十五分。


「すいません」

 萌絵はそう言って、こそこそとミーティングの列に並んだ。一年生たちは混ざっていないし三年生の先輩方はいないので、人数はとても少ない。すっかすかだ。


「「ありがとうございました、さようなら。」」

 みんなで先生にする挨拶も、いつもよりも声が小さくてまばらだ。それでもミーティングが終わると、みんなガヤガヤと騒ぎながら荷物をまとめ始める。

 そんな中、萌絵ははぁとため息をついてから暗い廊下を歩いて行った。まだ、窓閉めの当番が残っている。普段はみんながいて電気がついている頃にやるのだが、今日は遅くなってしまったのだから仕方ない。



 文化部ががやがやと騒いでいる別館を抜けて、パート練をしていた本館の人気のない教室たちが並んでいる廊下に出る。その中の一番手前の教室に入る。二年四組、移動が大変な低音楽器のパート室。二年三組、二年二組……。萌絵が二年一組の教室に入ろうとしたとき、中で何やらがさごそと音が聞こえた。

「……ん?」

 その時、がらがらがらっと音がして、教室の扉ががっと開いた。


「あ、高木。」

「濃野君。」

 濃野祐樹がいた。ああ、という顔をして濃野祐樹が言う。

「高木、一年のフロアは全部確認しといたから。この教室も全部閉めたよ。」

「…は?」

「だから、窓閉め当番。一人だと時間かかるし、半分やっといた。ほかの二年のクラスは確認したんでしょ。これで終わりだね。」

「え、やっててくれたの。」

 萌絵は目を丸くして聞いた。

「ああ、うん。だってもうミーティング終わった時十五分すぎてたでしょ。それなのに一人で終わらせようって無謀じゃん。」

 濃野祐樹は、逆に萌絵のその反応に驚いたように言った。

「ごめん、迷惑かけちゃって。」

 萌絵はなんだか申し訳ない気持ちになっていった。

「だいたいね、今日クラパに当番回したのががおかしいんだよ。人数多いところと交換してもらえばよかったのに。最初、ヨシノにベースに当番代わってもらえないかって聞きに行ったんだけど、あいつ、もう決まってるから、の一点張りで。ほんと馬鹿だよね。今日忙しかったのべつに高木のせいじゃないっしょ?」

 濃野祐樹が当たり前のようにそう言ったので、萌絵はあわてて首を振った。

「あ、いや、」

 濃野祐樹はえ、という顔でこっちを見た。

「なんか、そういうことじゃなくて。」


 だって今、萌絵はとてもすがすがしい気分なのだ。そんな部長代理のヨシノを責める気分じゃない。

萌絵は、ここ一番の笑顔で言った。


「今日一日、本当にありがとう。」


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