「もーえーたん。」

 今年同じクラスになったばかりの田村美音たむらみおんが萌絵に抱き着いてきた。

「美音。」

 今日は六月十六日金曜日。ほのか先輩の姿を見なくなってから一カ月と一日。トイレでの出来事から一カ月と二日。

 ちょうど今は、朝のホームルームが終わった後の、教室移動の時間だった。

「萌絵たん、美術室一緒にいこ。」

 美音は、教科書を腕に抱えて萌絵の手を引っ張った。萌絵は引っ張られるままに美音についていく。途中、美音のいる反対側の右にいた男子に気が付かなくてぶつかる。小声で「ごめん。」と言って、そのまま美音に引っ張られる。

 美音は小柄な合唱部の女の子だ。出席番号が近くて、すぐに仲良くなった。かわいらしい笑顔で誰隔てなく接する、みんなの人気者。噂話にたけていて、二年生で一番の情報通。

「萌絵たん、濃野祐樹って知ってる?」

 案の定、美音が話しかけてきたな、と思ったら噂話だった。

「うん。吹部でオーボエ吹いてるあいつだよね?」

「たぶんその人。」

 萌絵はその美音の返事を聞いて、普通オーボエって言われても何のことだかわからないよな、と思い出して苦笑した。

「あの人が、なんかしたの?」

「うーん。」

 美音が考え込むように言った。

「あんま詳しく聞けなかったけど、なんか濃野祐樹のこと好きな女子がいるらしいんだよね。それで、どーのこーの話してたの聞いたんだけど、まぁ、よくわかんなかったんだよね。――どんな奴なの?」

「どんな奴?」

「うん。」

 美音が頷いた。

「なんか、うまいなって思う。」

 萌絵がそう言うと、美音は首をかしげた。

「何がうまいの?」

「あー、なんていえばいいのかな?――会話の仕方とかがしたたかっていうか、なんていうか。」

 萌絵はもう思ったことをずばりと言ってみることにした。

「なんとなく、八方美人っぽい感じがするの。」

「ふうん。」

 美音が頷いた。

「でも、誰なんだろうね。濃野君のこと好きなの。」

 萌絵は首をかしげながら言った。

 萌絵のもつ濃野祐樹のイメージは、「誰とでも仲良くできるけれど、親友みたいにすごい仲のいい友達のいない奴」だ。それは女子に関しても同じようで、割とのらりくらりとしている印象がある。たいして仲良くない自分ですらそう思うのに、そんな奴をわざわざ好きになる人がいるんだろうか、と疑問に思う。まあ、社交的で嫌われてはいないけどな、と一応心の中でフォローする。

「あ、気になる?じゃあもう少し詳しく調べてみるね。」

 思わず口を滑らせてしまったただの思い付きの発言に、したり顔で美音が頷いた。それを見て、やっぱり美音は情報通だなと萌絵は思った。



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