【下書】開示部分ー下書開示のための準備①
下書きを読みかえしてる。
ラファエルが慎重になれとうるさくて、仕方なく読みかえしてるのだけど確かにヒドイ。
酷いのだけど、でも、
私が書いたんだものしょうがないなあとも思う。
私とラファエルはさいきん少し仲が良くて、何故なら私が食事をするということを再開したからで、ラファエルはたったそれだけのことを物凄く喜んだ。
トイレも必要になったので私は部屋を作り変えた。
つまり、そのくらい自分という存在はすでに「人間」から遠くなっていた。
べつの言葉でいうと私はそれなりに順応していた。この事態に、この状況に。
それは少し冷静になって考えてみれば、彼らにとって私が必要な人材だという証拠になった。
下手にSFなんてものを読んでくるとこうなるのかもしれない。だからたずねた。他のひとはどうなってるのと。
ラファエルは涼しい顔で知りませんと返す。
知らないって。
わたしは貴女しか興味がないので。
ふーん、と私は鼻を鳴らした。少なくとも、私以外にも順応した人間がいるらしいのは間違いなかった。
獏の言葉を思い出す。
かわりはいる、と。
世界の命運を背負うのは性に合わなかった。自分の人生だって誰かのせいにしてしまいたいと思うくらいはしたなくて怠惰な私にこの天使たちは何を懸けているのかと危ぶんでいたが、かわりがいるのならよかった。こころの底からほっとした。
私はお茶をのむ。
茶筅と茶碗は用意してもらった。茶杓はいいよスプーンでことたりるしと言ってラファエルに叱られた。
自分で作ってみますかと問われて首をふった。不調法者に何をさせる気だと。
あてがわれた茶杓は悪くなかった。べつに銘があるようなものではなかったけれど、悪いものではなかった。
そして思い出した。
お抹茶をすくうのにも、どうでもいい茶杓だとちょうどいい量をするんと掬うのが難しかったことを。
日常を支えるその「感覚」をラファエルが私に思い出させようとするのがきつかった。
私はだから、下書きを読み始めた。
腹ごなしに読むようなものではなかったのだけど。
誰か身近な人間の死を世界の終わりと思えるほどには私は彼らを愛してもいなかったしこの世界を大事にも思っていなかったのだと言い訳をするように。
下書きを捲る。目の前に、白い平面がある。それに触れる。
タブララサとでもいうようなそれ。
たとえばそこに、唐突にこういう言葉が書いてあった。
「あの人に突っ込んだ後の自分のしゃぶりたいくせに」
浅倉くんの言葉だ。
いま便宜的に台詞だとわかるように括弧で閉じた。私の目にうつったのはその括られる前の文言だけで、しかもすべて平仮名だった。
どれもこれもがこんな酷い文句でもないし、雑な書き方なわけではないのだけれども。
しょせん下書と言われたらそのとおりでラファエルが怒るのもわからなくはない。
でも、日記なんてものを清書する人間は功成り名を成した人間のすることで、私みたいな人間のすることじゃない。
ラファエルが言う。
そういうはなしではなく、わたしは貴女が自分の来し方をいいかげんに理解しているような気がして心配なのです。
だから私はさいしょに滅茶苦茶だったと言い返した旨を告げた。ラファエルはあからさまに大きなため息をついた。それから私を見ないで口にした。
こないだの締めだって文学からの引用ですまして。かっこうをつければいいってものじゃないのですよ、と。
私は黙っていた。
偉大な文学者の小説を引いて自分のどうしようもない人生に箔をつけようと考えたわけではない。駄目なものは駄目なのだ。まして並べると落差が目立つ。そのくらいわかる。
だれかに読まれてどうこうということじゃなくて、私には「必要」だった。
それを、ラファエルに面と向かって言う気はなかった。どうせこれ読まれるしね。
つまり、ラファエルは私がここに何を書いて何を書かないか知っている唯一の存在なのだ。
それだけでなく、何をどう書いたのかについても同様に。
たぶん、私を旅立たせようとする動機は、ラファエルへの「憎悪」に他ならなかった。
よって以下に開示する下書もまた同様の感情をもってして書かれていたものだ。
さてと。
いちおう、こういう「読み物」は時間芸術と呼ばれる領域にある。ラファエル以外にこれを読む者がいるとして、
と書いて気がついた。
ああなるほど、
ラファエルは誰よりも「私」という読者を蔑ろにするなと言いたかったのだろう。でも、もうどうでもいい。
もういいとくりかえしたのは私自身なのだから。
時間を戻す。
じかんを、もどす。
この「日記」のなかでのみ、だけれども。
私が大仰に「審判の日」だなどと書いてしまった例の三月へと。
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