3月25日 139
そこは、なんとなく、わからないでもない。いつも、それとなくあちらこちらで非難され続けてきたから。醒めている、または冷たいと、そうでなければ何処となく壁があると。親しくなればなるほど、一線を引いていると詰られた。
「ひとを拒絶してた?」
用心深く尋ねると。
「や、そうじゃなくて……どこにいても、あんたの周りだけ空気が違って見えるっつうか、オレだってふられてから後は見ないようにしてたのに、なんだか気がつくと目に入っちゃうっていうか……」
このオトコ、真顔だ。
口説いている最中ならまだしも、今、言うか?
呆れる。
「それは、自分の好きな相手は他のひとから見たらただの人間でも、自分にはそうじゃなくて特別に見えるっていうだけのことだから、そんなに堂々と宣言しなくてもいいよ……」
「照れてるの?」
頷くともっと続けそうだった。かといってこんな頬に血が上った状態で首をふってはなおさら言い募られる。話を戻してしまおうとすると、
「オレがあんたの崇拝者だっていう告白じゃなくてさ、この人、自分がエライとも思ってないんだなって。いや、偉いとは思ってるだろうけど、それだけじゃない感じがして、それもなんか気になったっつうか」
「それは単純に、私が女で、いっつも自分の自尊心を挫かれ続けたからだと思うよ」
浅倉くんは呆然としたような顔でこちらを見あげていた。
「女って厄介なんだよ。勉強やスポーツができても美人じゃないとそこで足を掬われる。仕事で成功しても結婚や出産してないと女性として幸福じゃないみたいな躓きの石が置かれてる。何もかも持ってないといけないみたいに、八方塞りなの。誰もがみんな、そんなスーパーウーマンになれないのにさ。それだけじゃなくて、どうでもいいような、ちっちゃな差別がたくさんあるの。たとえばね、高校の入学式が終わってクラス委員を決めるのに担任がちらっと名簿みて、私の名前を言ったわけ。で、慌ててすぐ男の子の名前をあげて、彼を委員長、私を副委員長に指名したのね。それってきっと私のほうが成績や内申がよかったのに、女だからって外したってことでしょ? その男の子も気まずいだろうし、ほんと、やな感じでね」
うちの姉貴と似たようなこと言ってるよ、と浅倉くんは肩を落とした。
「姉貴もほんと、代表スピーチなら自分にやらせろって怒ってた。だから偏差値みたいに誰の目にも歴然と差がつくものが好きだって、よく言ってた。ただまあ、だんだん状況は改善されてるんじゃないんすか。ジェンダーフリー教育みたいなの、やってるでしょ? うちはほんと姉貴がよくできたし苛烈な実力主義がまかり通ってたんでオレが跡取る必要ないっつう感じだけど、父方の親戚なんかあからさまに男のオレのほうに小遣い多くくれたりして、わかってないっつうか……そういうヒト、いるよね」
はあ、とため息をついてうつむいた顔に、ぶつけてみた。
「でも浅倉くんも、こいつが局長かよっていう顔したけど?」
シマッタ、という顔をしてから恐る恐るという様子で私を仰いだ。ふふん、と鼻を鳴らして腕組みして見下ろすと、
「すみません。その……ほんと、中学生みたいに見えたから」
と、言い訳した。見くびられるのも腹が立つのだよ。それは十二分にわかっていると思ったので、
「浅倉くん、実はロリコンなんじゃないの?」
「や、それは違います」
憤然と頭をふっている。でも友枝さんの一件もあることだ。なんだかアヤシイ。ただまあ、日本の男ってロリコン好きが多いからな。若い女性のほうが生殖で有利だし、浅倉くんだけ責めてもしょうがない。いぶかしむ視線に、彼が真顔で返した。
「オレ、援交って謎なんすよ。ふつうの女子高生なんて粥みたいなもんで食っても腹の足しになんないだろって」
「女子高生とも付き合ったの?」
だからしてないって、と顔を顰めた。あ、コレはほんとに嫌なんだな。ごめんなさい。疑った私が悪かったです。と言うか迷ったところで、彼がいった。
「女の人に癒されたいって話が逆だろって思わない?」
それに私はどう返答すればいいのだ。騎士道精神にのっとれば立派だと褒め称えるべきかもしれないけど、それはそれで女性蔑視の裏返しだとも言い返せるぞ。
私のいわくいいがたい複雑な表情をよんだのか、それ以上は続けなかった。
「男のひとも、それこそ跡継がなきゃみたいなプレッシャーや泣いちゃダメとか色々大変だったりするんだろうけどね。ただ、まあ、公のものはわりと見えやすいとこがあるけど、密室で行われることに関しては、もっと悲惨だなあって」
「セックスのこと?」
「……そうね」
幸せに、しているひとはいい。でも、学生時代みんなに聞きまくった感じでは、どうもそうではないような気がした。あんなにアッシーだメッシーだという言葉が流行っていて女の子が強そうだったのに、デートレイプまがいの体験や、聞くのを躊躇うような行為をカレシに強要される話を耳にした。そうでなくても一度してしまうとデートのときにセックスばかりになってしまうという不満はたくさんあった。かと思うと、ここしばらくケンカしたあとしかしてないかなあと首をかしげて私を震え上がらせたひともいた。でもまあ、みんなそれでくっついたり別れたりをくりかえして、そのタフさ加減で私を唸らせてくれた。
私はソレについて何からどう話したらいいかわからなくて、浅倉くんが知りたいと思っていたことを覚悟して話すことに決めた。
「私、ひとりでするときって……」
え、と、あ、の混じったような濁った声をあげて、それこそ目をまん丸にしてこちらを見ていた。
「期待させて悪いけど、そんなに聞いて楽しいようなことじゃないから」
「え、や、あ、その……」
目が泳いでうろたえている。なんだか喜ぶようなことを言ってあげたくなったけれど、それは本意ではない。
「私、心配事があって不安なときとか出張先なんかでするのよ。欲求不満っていうより、落ち着かなかったり守られていない感じがあったり、ひとりじゃ不安なとき、自分の身体を抱いて撫でてあげると安心するの。文字通り肌寂しいの」
浅倉くんはじっと私を見守っている。
「どうせひとりでするならちゃんと自分の身体がどうなってるのかとか、どうやったら気持ちがよくなるのかとか確かめればいいのに、それはこわいの」
「怖い?」
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