3月25日 140

「うん。男のひとにされる分にはさすがにもう慣れたみたいだけど、自分じゃできないの。だいたい自分の下半身ってどう考えてもおぞましいところのような気がするっていうか、私、どうして男のひとがそこを見たり触ったりしたいのか正直よくわからない」

「……見たこと、ある?」

「一度、見させられそうになったことがあって……」

 ここで、見てないと言いたいと思ったけど、ウソはばれそうだから、

「たぶん、そのときに、イッシュン見た」

 浅倉くんは眉を寄せて何事か考えるような顔をしたあと、ぶるぶる頭をふった。

「オレ、ええと……その、ああ。それって、うう、ごめんなさい。オレ……」

 深呼吸しているのを無言で見つめると、彼はがっくりと頭を落としてもらした。

「オレ、そういう話聞くだけで興奮できちゃうっていうか、腹立つし許せないし、でもそいつがやったならって考える」

「……えっと」

「うん、ごめんなさい。それはいいから、っていうか、ええと、オレも、さいしょ見たときは傷口みたいに見えたよ」

 ああ、その形容はよく聞くなあと他人事のように思う。

「女の人のからだってどこもかしこも綺麗なのに、そこだけなんか治りきらない傷みたいに見えて、かわいそうな感じがした。でもそのかわいそうな感じに興奮するっていうか」

 彼はそこでうかがうように私を見た。

「あの……オレ、懺悔していい?」

「なにを」

「何って、その、ええと」

 怯えた顔をするので、仕方なく許可を出すことにした。

「私が告解僧じゃないってわかってて話すなら、いいよ」

「うん。あのさ、オレ、学生の頃あんたのあと追いまわしてたのって、もうほんとにただひたすらあんたとやりたかっただけなんだよね」

 は?

「とにもかくにもそういうことしか考えてなかったっつうか、本人は物凄く真剣にあんたのことが好きだって思ってたけど、でもあれ、来須が邪魔するの正しくて、ただもうセンパイとセックスしたいっていうだけ。告白したの十一月だったでしょ、クリスマスにできれば万々歳であんた堅いからそりゃ無理だって思ってて、たぶんきっと最低三ヶ月は我慢しないとならなさそうだからヴァレンタインかホワイトデーか、あんたの誕生日っていうのはナシだろうってなるとオレの誕生日の夏までお預けか、もしかするとあんたが結婚するまでしたくないって言ったらどうしようって考えて、そしたらオレが就職決まるまで無理かってOKももらってないのにずうっとそういうこと悩んでた」

「それ、さあ」

 たしかにバブリーな時代だったけど、そんな記念日尽くしってどうなのさ。呆れると気持ち悪いを通りこして、いっそ愚かすぎて可愛いとすら思えてきた私に、彼が自分で声をあげて笑いながらこたえた。

「うん、やだよね、そういう男。オレも正直キモイもん。もうほんと、自分の都合ばっかりなの。そのくせ自分じゃあんたのことすげー大事にして守ってるつもりなんだよ。しかもさ、体育会の施設管理局長のこと、あんたけっこう気になってたでしょ? オレ、なにげに先回りしてあんたが体育会に行く用事潰してたし」

 それって……。

「そう。あんたちょっと残念そうな顔するんだけど、オレが気を回して働いてると思ってるのか、ありがとうって言うんだよね。邪魔もしたかったけど、あの顔見たかったとこもあって、ごめんなさい。その他にも、あんたにわかんないところで他の男の牽制もしたし、そういう意地悪たくさんしてました」

 たくさんしてましたって、それ。頭を抱えそうになった私を置いてきぼりで、浅倉くんがつづけた。

「オレ、今でもあの頃と変わんなくて、女の人が憧れるような包容力のある大人の男じゃないって自分でもよくわかってるし……でも、やりたいだけじゃダメなんだってことくらいはようやくわかるようになったっていうか」

「ふつう、それだけじゃダメだと思うから優しくしたり色々してくれるんじゃないの?」

「うん、そうだけど、違うんだな。優しくして相手の言うこと聞いて、それが究極ただヤルための布石でしかないんじゃ、やっぱりダメなんだよね」

 よく、わからなかった。

「私、浅倉くんに優しくしてる?」

「や、あんたはそれで全然OKだから」

「優しくしてないの?」

「ええと、まあ、オレ、あんたに冷たくされても優しくされてもどっちもイケルっつうか」

 不気味なものを見たような気がして口を結ぶと、

「ほんと、あんたに何されてもそれなりにけっこう楽しめるんだなあって」

 だなあって、だなあって、なによ?

 浅倉くんはにやけた顔をしてこちらを見た。

「ねえ、こんなこと聞くのって変だけど、私、そんなに色気があるようなひとじゃないと思うんだよね。まあ人間にはそれぞれ好みがあるのは知ってるけど」

「……だってあんた、施設管理室に平気でエロい小説おいとくんだもん。処女なのにこんなの読んじゃうんだって妄想タクマシクしちゃうよ」

 べつにアサクラ君を刺激しようと思ってたわけじゃないよ。しかも処女じゃないし。言い訳するか叱り付けるか悩んだところで、

「や、ちゃんと龍村さんにオマエそれ期待しすぎだって怒られましたよ。ガバって行くと絶対に泣かれて嫌われるからきちんと手順踏めって指導されてました」

 龍村くん、ありがとね。でもその忠告、用をなさなかったみたいだよ、と思ったとたん。

「でも、あんたに男がいるって肝心なとこ教えてくれなかったんすよね。オレが玉砕してゴミ捨て場で落ち込んでたら背中どついてきて、やあ鈍感男って何もかもお見通しっていう顔で笑うんすよ。マジで殴ろうかと思ったら、役立たずの腰抜けがって向こうが先にキレルからそりゃ話が違うだろうって言い返す予定があのひとも相当溜め込んでたみたいで、オマエがそのくらいの障害で引き下がってどうするって物凄い剣幕で罵られて……」

 キミ達ちゃんと働けよ、と呆れていた。浅倉くんがゴミ捨てに行ったっきり中庭になかなか戻ってこないから、あのあとゴミ集めるのけっこう大変だったのだ。

「……オレ、ほんとバカだったなあ」

 今もじゃないの、と言いたくなったけれど礼儀正しく黙っておいた。すると、

「オレ、龍村さんには、オマエはでも告白できただけマシだよって言われたことあって、あれはけっこうキタ」

 まあ相手は酒井くんだから余計だろう。どこからどう見ても、ヘテロだった。

 私がぼんやりとそんなことを思い出していたら、浅倉くんはちらとこちらを見やり、なんでもないような調子で口にした。

「で、こんなこといったオレの前でも話せそう?」

 嫌なオトコだ。

 と思った私を哂うように、彼は肩をすくめた。

「こういう話、しなれてないでしょ?」

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