3月23日 午後 83

「オレから話してくれって頼まれてたんすよ。妹さんからもう一回きかれたらいったん保留してあんたの名前出して時間稼いで箱あけるからって」

「は?」

「なんか、妹さんのウケがいちばん良かったんですって。学生の頃に、好きな人がいないか聞かれて苦し紛れにあんたの名前出しちゃったんだって。それでもしもの場合は、あんたに妹さんのこと頼みたいって」

「頼むって……私、一度しか会ってないし、龍村くんが好きなの、酒井くんだったじゃない」

「そうは言えないじゃないっすか」

「そうだけど、でも……それより何より、そんな大事なこと頼むって、私、なに言えばいいわけ?」

「会えばいいだけだよ」

「でも」

「龍村さんから指示あるだろうし、心配しなくていいよ」

「でも、そんな、私……」

 龍村くん、直で私の顔みて頼まないとこって相変わらずいい根性してるともいえるけど、私、そんなギリギリの、ひとさまの人生の重要事、ちゃんとできるかわからない。なんで、私になんか頼むかなあ。

「龍村くんはそれで、じゃあ、えっと、もしそういうことになってたら」

「その場合は言い訳が必要だから、あんたに頼みたいんじゃないの?」

「でも私、ほんとにそんなこと頼まれても……」

 浅倉くんに言うことじゃないけど、とてもこわい。

「だいじょうぶだよ。龍村さんがあんたに任せたんだから、それでどう転んでも龍村さんも了解のうえでしょ」

「でも、だって龍村くんものすごく妹さんのこと大事にしてたから妹さんだってきゅうに私の名前出されても納得いかなかったり、ほんとのところの理由がわからなくてどうしてって思ったり、そういう色々を私と彼が結婚でもすれば飲み込めることかもしれないだろうけど、そうじゃなきゃ会っただけでそんなの無理っていうか……」

「それでいいんじゃないの? あんたに腹芸ができないっつうことくらいあの人、承知のうえだよ」

「でも、バレてしまっていいわけじゃないのに、それとも、そこが本意なの?」

「そういうこと山ほど考えてくれるから、あんたに任せようって思ったんだとオレは思うよ」

「でも、どうしたらいいかわからないよ」

「オレも、龍村さんじゃないからほんとんとこはわかんないし。まあ、どっちに転ぶかはそのときのことだから。な~んもなくて、メデタシメデタシかもしんないよ?」

 だったらいいけど。

 うなだれると、浅倉くんが微笑んだようだ。明るい声がした。

「いいじゃん。頼られてるんだから。あんたがやってダメなら、他のひとがやっても駄目だったろうなって思える」

「私、そんなに物事を上手に運べないよ」

「上手に運ぼうとするだけでいいなら龍村さんがやってるよ」

 まあ、それはたしかにそうだ。龍村くんは抜けているところがなくて、誰かに頼るなんて私の知る限り一度もなかった。

「あ、妹さん、腐女子なんすよ」

「べつに、今時そんなの珍しくないんじゃないの?」

「あんな美人なのに今まで男と付き合ったことないみたいで」

「それはだって、龍村くんのこと好きだからでしょ?」

 そこで浅倉くんがクスっと笑った。

「実は彼女に、お兄ちゃんってゲイなんでしょうかって聞かれて、他の女の人に取られるなら浅倉さんのほうがいいですって真顔で告白されたんすよね」

 それはまた……いやはや、さすがに何か言いづらいよ。黙っていると、

「オレ、あんたが卒業した年からずっと龍村さんとこ入り浸ってたからなんか勘違いしたみたいで、あの人あの調子でゲラゲラ笑ってましたけど」

 見てるの切なかったすね、と浅倉くんがつぶやいた。その声には、奇妙なくらい鋭利な痛みを感じた。私がそれを反芻していると、思いもしない発言が耳に届いた。

「そういえばさ、オレ、最初にふられるその瞬間まで、センパイって絶対、ショジョだって信じてたんだよね」

 勘弁してよ。どうコメントしろっていうのだ。どうなんだろ、そういう考えって。しかもその発想って、今の龍村くんの妹さんと並べての連想でしょ。下品だよ。失礼だし。

 頭のなかに湧きあがる言葉を要約して、いちばん効果のあがりそうなのを見つけてぶつけてみた。

「騙されたって思った? それとも」

「裏切られたって感じにちかいかな」

 さらりと口にしようとしたふうだっだけど、落胆度合いと悲憤の名残は感じさせた。

「あのときの長い無言はそういう意味だったんだ……」

「や、ていうか、それだけじゃなくって」

「オトコってどこを見てそういう勘違いするんだろ」

 吐息交じりになったのは、この浅倉くんだけでなく、他に幾人も類例があるからだ。

「私、そんなにカマトトっていうか、ブってた覚えはないんだけど。来須ちゃんは嫌った猥談だって平気で加わったし」

 はにかみをもってしおらしくしたほうが受けがいいのはわかっている。でも、役割を期待されるタイプの猥談は好きじゃない。恫喝すれすれ、たじろぐほどの体験をさらっと語り、相手の出鼻を挫いてにこやかに席を立つ。あとで、あれまんまマンディアルグでしょ、と龍村くんに見抜かれて舌を出した。ロートレアモンやシャトーブリアンなぞ読んでいた彼には通用しないと思っていたけど、さすがだった。

「まあ、そうなんすけど。や、でも、なんつうかその……」

 頼りない返答が続いていた。龍村くんに、深町サンは耳年増すぎて困る、とでもばらされていたのかもしれないな。

 それにしても、こんなことを言い出すオトコというのはサイテーではないのだろうか。友達に、実はけっこう男運悪いよね、とふられる度になぐさめられるのは、前世の行いでも悪かったせいかしら。あああ。

「でもセンパイ、あのミズキも手だせない感じっつうか……」

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