3月23日深更 37
そう聞かれて、私は首をかしげていた。
「ミズキに泣かれると、つらい?」
「だって、普段あんなひとが、あんなふうに我慢して、誰にも見えないところで泣いてるのをほっておけないじゃない」
涙をぬぐいながら切れぎれに言い継ぐと、浅倉くんは掠れ声で笑った。
「オレも、ミズキをほっとけなかったんですよ」
それは、なんとなく想像できた。そう思っていたからこそ、気になったのだ。ふつうに親友と呼ぶにはすこし、いや、だいぶ、関係が歪んでいるように思えた。
だから、もしかすると、浅倉くんはミズキさんの気持ちに気づいているのかもしれないと感じた。そのうえで、知らないふりをしている。そう考え、それを確認するのが怖かった。ふたりのあいだに横たわるものが何であるか知るのは恐ろしかったし、なによりも、そこにあるものが壊れるきっかけがあるのだとしたら、それは、今だろうとわかっていたから。
「でもオレ、ミズキよりもセンパイのほうが大事なんだよね」
そういう言葉は、聞きたくない。それは、何かに亀裂をいれるものだ。
「聞きたくなかったって思ってますね。オレ、センパイのわかることはわかる気がする。わかんないのは、あんたが自分と切り離して考えないようにしてることで」
だから。
「だからオレ、もうなんにも考えないでオレのこと好きになっちゃえばいいって思ったんだよね」
ふうっとため息。
「やっぱ、ダメだったかあ……」
涙は、乾いていた。なにか、ここで口に出さないとならないような、または何か言いたいような気持ちになって、それはだめ、それはマズイと、自分の腕をつかんで爪をたてた。
「オレ、さすがに今あいつと話せないから、センパイから連絡しといて。無断外泊しないって約束破ってゴメンって」
自分で言えば、とはやっぱり言えなかった。浅倉くんが、くっと短く喉奥で笑ってつぶやいた。
「センパイとミズキって似てる」
「ぜんぜん似てないよ。あんなになんでもできないし、美形でもないし」
「オレから見ると、すごく似てますよ。つうか、似てるとこと正反対のとこあって」
だからうまくいきます、そうつけたした。
「浅倉くん? あの」
「じゃ、おやすみなさい」
話はこれで終わったのだろうか。
よくよく話を反芻すると、浅倉くんは、私がミズキさんを好きだという理解に終始しているようだ。というよりも、私とミズキさんが相愛だと勘違いしてないか? そこは改めてもらわないと、わざわざ夜中に電話をかけた意味はないんじゃないだろうか。
そこで、家の電話が鳴った。痺れを切らしたミズキさんだろうとは、すぐにわかった。
「ミズキだよ。出てやって」
「あの、でもね、私」
「オレのことはいいから」
「いいっていうか、ミズキさんは」
「ミズキは」
「彼が好きなのは浅倉くんなんだよっ」
あ、電話、切れた。
「あ、浅倉くん?」
沈黙。どうしよう。
「だから?」
ぞっとするほど冷たい声が、囁いた。
「それでオレにどうしろって言うんですか」
「どうって」
「また逃げるつもりかよ」
「そういうわけじゃ」
「そうだろ」
押し問答にもならなかった。
「センパイは、ミズキが好きだっていってもどうせまた逃げるんだよ。たしかにミズキはオレを好きだったかもしれないけど、今はあんたが好きなんじゃん。だから直接オレじゃなくて、そっちに電話したのになんで逃げるわけ」
「ちょっと待って。留守電、入ってないの?」
「入ってるよ」
ひどく不機嫌な声でこたえてから、続けた。
「もしも姫香ちゃんと一緒じゃなかったら電話しろってね」
姫香ちゃん、というミズキさん独特の言い回しを、彼はご丁寧に再現してくれた。
「だって、それが?」
「だから、オレがあのままセンパイと一緒なら連絡するなってことだよ」
それがなんで、そんな不機嫌な声にならないといけない理由になるの。それ以上に、ミズキさんが浅倉くんを引き止めたくて、私に粉かけているという考えは、ないんだな。ないんだろうな。
私が無言だったせいか、苛々と、声が続いた。
「ミズキはいつも、まだるっこしいやり方するんだよ。意地が悪いっていうか、こういう、遠回しなやり方でわからせるっていうか」
「浅倉くんそれは、ソレは違うんじゃない? ミズキさん、ほんとに泣いてたんだよ」
ふっと、笑うような、泣くような息が聞こえた。
「じゃあオレはどうすればいいんだよ」
それは、それは……。
「あんたの思ってるのは、オレとミズキ、両方、めんどくさいから自分の見えないとこで勝手にやってくれってことだろ」
図星をつかれてうろたえそうになった。
「オレだって、それくらいわかる」
嘲笑うような声を聞いて、自分でも思ってもみないほどひ弱な、か細い、音が漏れた。
「もう絶対、容赦しない」
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