我ら、万改屋でございます。

せんみつ

本編

  荒れ果てた大きな街の中を、一台のトラックが走っています。窓にはスモークが貼られ、中の様子は見えません。

 街のあちこちから、黒煙と悲鳴が上がっています。時折響く銃声が、辺りに木霊しました。かつては賑やかだったこの街で一番大きな通りも、今ではただの更地となっています。

 トラックはその中を進み続け、大きな広場の前で止まりました。そこは騒ぎの場所からは遠く、銃声も微かにしか聞こえません。広場のなかには大勢の人がおり、皆憔悴しきった顔をしていました。

 トラックのドアが開き、中から一人の女性が現れました。清潔なスーツを着て健康的な顔をしており、街の人々とはかけ離れた様子でした。

 女性は無数の視線を受けながら広場の中心に進み、そこに座っていた老人に話しかけました。


「こんにちは。今日はとても良い天気ですね」


 あまりにも場違いな挨拶に周りの人々が女性を睨み付ける中、老人は苛立ちを隠さずに言いました。


「……何の用じゃ、隣の国のものか。金も物資も民も奪い、これ以上儂らに何をしようと言うんじゃ」


 老人の言葉に女性は微笑むと、


「いいえ、私たちは今日ここに訪れたただの商人です。よろしければこの国で何が起こったか、教えて下さいませんか?」


 老人に優しく問いかけました。

 老人はしばらく女性を訝しげに見つめていましたが、


「いいだろう」


 と、事の顛末を話してくれました。


「儂らはあの日いつものように仕事に出かけ、何事もない平和な日常を過ごしていた。しかし隣の国が宣戦布告もなしにいきなり軍を差し向けてきおった。

「当然抵抗したが、光学兵器や無人機など見たこともないような装備に為すすべもなく、あっという間に国は占領された。奴らは多額の金と資源を要求し、その上多くの民まで連れていった。

「戦争は終わったが、国は乱れ民は飢え、とうとう内戦まで起こってしまった。わしは国家元首の座を追われ、こうして役に立たん老いぼれとして生きておる。

「こんな国に来ても売れる物なんぞ何もない。死にたくなければ、早く去ることだ」


 元国家元首はそう言って締めくくりました。

 女性は話を聞くと、


「それでしたら、何かお願いしたいことはありませんか?」


 と老人に問いかけました。


「私たちは、万改屋といいます。よろずのことを良く改めさせていただくことを仕事としております。お望みならば、国すら変えてみせましょう」


 女性の言葉に老人は唖然としましたが、バカにするなとばかりに鼻を鳴らしました。


「小娘一人で何ができる。もはや内戦は国中に広まっておる。今更何かできるわけもない。ただ国が亡びるのを待つだけだ」

「では、内戦を収めればよろしいですか?」


 女性が微笑んだまま表情を変えないので、老人は苛立ちました。


「できるものならやってみろ」


 女性は一瞬獰猛な笑みを浮かべると、


「かしこまりました」


 そう言いました。




 女性は老人に一つだけ提案をしました。それは、攻めてきた国とは逆の方向にある隣の小さな国に、戦争を仕掛けるといったものでした。

 その非常識すぎるように思える提案に、老人は反対しました。


「ただでさえ民が飢えている状況で、戦争なんぞしかけたら内戦は加速する! 少しは考えて物を言え!」


 しかし女性は表情を変えずに、


「今は民の怒りの矛先を変えることを考えましょう。資金が足りないのなら奪いましょう。資源が足りないのなら奪いましょう。人が足りないなら奪いましょう。戦争をする武器が足りないのでしたら、別料金でお貸しします」


 微笑んだままトラックを指しました。


「待ちて死を望むのは愚か者ですよ。民を守りたいのなら、時には残酷な決断が必要なのだということは、貴方が一番わかっているのでは?」


 女性の言葉に、老人は苦悶の表情を浮かべました。

 政界から退いているとはいえ、まだ老人には民に対する発言力が残っています。もし自分が本気で呼びかければ、あの小さな国一つ占領する兵力は易々と集まるでしょう。


 老人は女性を睨みつけ、絞り出すように言いました。


「……わかった。できるかどうかはわからんが、やってみよう」


 女性は、満面の笑みを浮かべました。




 それから一か月後、国から出発した軍が凱旋を終え戻ってきました。


「勝ったぞー!!」


 戦争の勝利に国民は沸き立ち、勝ち取った資金、資源、奴隷によっていつしか内戦は収まっていきました。

 老人は一か月前とは異なり、綺麗な制服を着こなし晴れ晴れとした笑顔で、


「貴女のおかげで国は救われた。これは我が国からのせめてものお礼だ」


 女性に感謝の意を表し、少なくないお金を渡しました。

 女性はそれを無造作にポケットにしまうと、


「ご満足いただけたのなら何よりです」


 そう言って国から出ていきました。




 荒れ果てた小さな街の中を、一台のトラックが走っています。窓にはスモークが貼られ、中の様子は見えません。

 街の中からちらほらと、黒煙と悲鳴が上がっています。かつては賑やかだったこの街で一番大きな通りも、今ではただの更地となっています。

 トラックはその中を進み続け、大きな広場の前で止まりました。そこは騒ぎの場所からは遠いところでした。広場のなかには大勢の人がおり、皆憔悴しきった顔をしていました。

 トラックのドアが開き、中から一人の女性が現れました。清潔なスーツを着て健康的な顔をしており、街の人々とはかけ離れた様子でした。

 女性は多くの視線を受けながら広場の中心に進み、そこに座っていた中年の男性に話しかけました。


「こんにちは。今日はとても良い天気ですね」


 あまりにも場違いな挨拶に周りの人々が女性を睨み付ける中、男性は苛立ちを隠さずに言いました。


「……何の用だ、隣の国のものか。金も物資も民も奪い、これ以上俺たちに何をしようと言うんだ」


 男性の言葉に女性は微笑むと、


「いいえ、私たちは今日ここに訪れたただの商人です。よろしければこの国で何が起こったか、教えて下さいませんか?」


 男性に優しく問いかけました。

 男性はしばらく女性を訝しげに見つめていましたが、


「いいだろう」


 と、事の顛末を話してくれました。


「俺たちはあの日いつものように仕事に出かけ、何事もない平和な日常を過ごしていた。しかし隣の国が宣戦布告もなしにいきなり軍を差し向けてきた。

「当然抵抗したが、銃器や戦車など見たこともないような装備に為すすべもなく、あっという間に国は占領された。奴らは多額の金と資源を要求し、その上多くの民まで連れていった。

「戦争は終わったが、国は乱れ民は飢え、とうとう内戦まで起ころうとしている。俺は国家元首の座を追われ、こうして役に立たない男として生きている。

「こんな国に来ても売れる物なんて何もない。死にたくなければ、早く去ることだ」


 元国家元首はそう言って締めくくりました。

 女性は話を聞くと、


「それでしたら、何かお願いしたいことはありませんか?」


 男性は、内戦の阻止を望みました。





 女性は男性に一つだけ提案をしました。それは、攻めてきた国とは逆の方向にある隣の小さな村に、戦争を仕掛けるといったものでした。

 男性は悩みましたが、とうとう開戦の決意をしました。




 それから一週間後、国から出発した軍が凱旋を終え戻ってきました。


「勝ったぞー!!」


 戦争の勝利に国民は沸き立ち、勝ち取った資源、奴隷によって内戦は収まりました。

 男性は一週間前とは異なり、制服を着こなし晴れ晴れとした笑顔で、


「貴女のおかげで国は救われた。これは我が国からのせめてものお礼だ」


 女性に感謝の意を表し、少ないお金を渡しました。

 女性はそれを無造作にポケットにしまうと、


「ご満足いただけたのなら何よりです」


 そう言って国から出ていきました。




 荒れ果てた小さな村の中を、一台のトラックが走っています。窓にはスモークが貼られ、中の様子は見えません。

 村から一つ、黒煙が上がっています。かつては賑やかだったこの村も、今は静まり返っています。

 トラックはその中を進み続け、小さな広場の前で止まりました。広場のなかには大勢の人がおり、皆憔悴しきった顔をしていました。

 トラックのドアが開き、中から一人の女性が現れました。清潔なスーツを着て健康的な顔をしており、村の人々とはかけ離れた様子でした。

 女性は何人もの視線を受けながら広場の中心に進み、そこに座っていた若い男性に話しかけました。


「こんにちは。今日はとても良い天気ですね」


 あまりにも場違いな挨拶に周りの人々が女性を睨み付ける中、男性は苛立ちを隠さずに言いました。


「……何の用だ、隣の国のものか。物資も民も奪い、これ以上僕たちに何をしようと言うんだ」


 男性の言葉に女性は微笑むと、


「いいえ、私たちは今日ここに訪れたただの商人です。よろしければこの村で何が起こったか、教えて下さいませんか?」


 男性に優しく問いかけました。

 男性はしばらく女性を訝しげに見つめていましたが、


「いいだろう」


 と、事の顛末を話してくれました。


「僕たちはあの日いつものように狩りに出かけ、何事もない平和な日常を過ごしていた。しかし隣の国が宣戦布告もなしにいきなり軍を差し向けてきた。

「当然抵抗したが、鎧や金属の槍など見たこともないような武器に為すすべもなく、あっという間に村は占領された。奴らはたくさんの資源を要求し、その上多くの民まで連れていった。

「戦争は終わったが、村は乱れ民は飢え、とうとう食糧庫を襲う輩まで出てきた。僕は村長の座を追われ、こうして役に立たない男として生きている。

「こんな村に来ても売れる物なんて何もない。死にたくなければ、早く出て行ってくれ」


 元村長はそう言って締めくくりました。

 女性は話を聞くと、


「それでしたら、何かお願いしたいことはありませんか?」


 男性は、食料の確保を望みました。




 次の日、村の人々は近くの森を焼き払いました。女性に教えられたとおりに火をつけると、森は簡単に火の海になりました。村が代々大切に扱い、神聖視していた森はあっという間に灰になりました。

 女性は灰になった森の前で、『ここで農業を行なえばたくさんの作物が取れる。飢えたらまた森を燃やせばいいから、当分は食料に困ることはないだろう』と言いました。

 村の人々も村長も喜び、女性に少ない蓄えの中からできるだけ沢山の食料を渡しました。

 女性はそれを無造作にトラックの中に放り込むと、


「ご満足いただけたのなら何よりです」


 そう言って村から出ていきました。




 こうして、このあたりで戦争をしているところはなくなりました。皆、明日ある暮らしに喜んでいます。

 女性はトラックに乗り込むと、来た道を引き返し始めました。




 小さな村がまた一つ木を焼き払いました。村はあれから飢えることもなく、平和な暮らしを続けていました。このあたりの森は、だいぶ小さくなりました。


 小さな国で奴隷が働かされていました。人々は笑顔で奴隷を使い捨て、何不自由ない暮らしを手に入れていました。男は労働力として、女は慰み者として非常に役に立ちました。


 大きな国で銃殺刑が行われようとしていました。鎖につながれた何人もの捕虜が、必死に助けを求めています。観衆はそれを聞いてますます喜び、早く殺せと叫んでいます。銃声が響き捕虜が静かになると、歓声が木霊しました。




 女性はそれを見て、最後まで表情を変えず微笑みを浮かべていました。女性はトラックに乗り込むと助手席の拡声器を取り、窓を開けて遠くまで声を響かせました。


「我らは、万改屋、万壊屋でございます! 人、者、国に至るまで、何でも変えて御覧に入れます! お望みならば、世界すら変えてみせましょう!」


 トラックは、今日もどこかを走っています。

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