第17話 第九幕 風の民(3)

 ナイ神父の指示により風間真知子はアメリ

カ合衆国へと飛んだ。ミスカトニック大学に

留学するためだ。留学といっても一時的な受

講生であり、星の智慧派の手配によって受験

はしていない。


 ボストンローガン国際空港に直行便で着い

た真知子はすぐに教団の用意したワゴンに乗

ったが北のアーカムではなく南に向かった。

プロビデンスのブラウン大学に立ち寄るため

だ。ルート95を快調に飛ばせば1時間と少

しで着くはずだ。


 真知子がブラウン大学に向かった理由はエ

マ・ワトソンの母校だからなどという理由で

はない。ブラウン大学には専攻内容を作れる

というシステムがあり、現在星の智慧派の教

団員により旧支配者や外なる神、旧神やその

他の神々の研究を専門にしている学生がいる

のだった。ミスカトニック大学にはそんな専

攻は無い。希覯書の所蔵はミスカトニック大

学が群を抜いているが研究者としてはブラウ

ン大学にも優秀な学生が多数在籍しているの

だ。


 真知子が大学に着くと教団の手配で数人の

学生が集まってくれていた。彼らや彼女たち

は卒業すると同時に星の智慧派に配属される

予定だ。リベラルな校風もあって異端であっ

ても研究しやすい環境であることは間違いな

い。真知子は核心の質問をぶつけてみた。


「旧支配者の復活をどう考えていますか?」


 ある男子学生が答える。


「宗教的には天使と悪魔のように対立する構

図を描くことが容易だとは思いますが、旧支

配者・外なる神と旧神との対立軸はかなり異

質ではないかと考えます。伝承学的に神話と

して伝えられているのは人類が発生してから

何かの実在の出来事が元になっていると考え

られるので星の智慧派で信仰しておられるよ

うな存在は当然何かしらの真実を孕んでいる

と思います。それが旧支配者なのかどうかは

また別の話ではありますが、封印されている

何かが存在することは十分あり得ることだと

考えます。」


 彼らは星の智慧派で本当に旧支配者の復活

を望んでいる、というよりは興味・研究の対

象なだけなのだ。


「その何らかの存在が封印を解かれたり復活

することは、ある意味自然の摂理ではないで

しょうか。例えば太陽は地球に多大なる恩恵

を与えているので関係ありませんが、他の恒

星は、恒星としては地球にとって不要であり、

万が一接近してきたとしたら地球を破滅に追

い込むであろう存在ですが、誰も太陽以外の

恒星を滅してしまおうとは思わないと思いま

す。そこに在ることが摂理なら、旧支配者も

地球を滅ぼすかもしれないからと言って未来

永劫封印し続けることは間違っているのでは

ないかと思います。例えその所為で地球が滅

びてしまったとしても。」


 彼らは若いが故に純粋なだけなのだ。真知

子としては懐疑的ではあったが少し背中を押

された気がした。火野将兵も確かあるとき、

似たような事を言っていた。彼の場合は自分

の存在自体あまり重要視していない感じであ

ったが。


「旧支配者が復活してもいい、というのね。」


「それほど単純な話でもありませんが、実際

に封印が解けるのなら場合によっては実行し

てしまうかもしれませんね。」


 集まった生徒の中でも、このルイス=キリ

ングという青年は飛びぬけて異質なのかもし

れない。


「わかったわ。これからも研究に励んでくだ

さい。」


 風間真知子はブラウン大学を辞して一路ア

ーカムへと向かうのだった。


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