第18話 第九幕 風の民(4)
風間真知子がアーカムに着いた時にはもう
夕方だった。教団は学生寮の一室を用意して
くれていた。真知子が望んだのだ。大学生活
を過ごしたことがない真知子には、こんな形
でも大学生の暮らしができることが嬉しかっ
た。
荷物を部屋に入れた真知子は、暗くなって
はいたが学内を散歩することにした。少し浮
かれていたのかもしれない。
「ここが図書館ね。」
それは荘厳な面持ちの建物だった。世界に
冠たる稀覯書の宝庫、ミスカトニック大学付
属図書館だ。
稀覯書だけをみると大英博物館やハーバー
ド大学のワイドナー図書館と比べても遜色な
い。特にミスカトニック大学付属図書館を有
名にしているのが『ネクロノミコン』である。
狂えるアラビア人、アヴドゥル=アルハザー
ドが『アル・アジフ』としてアラビア語で著
したものをテオドラス=フィレタスがギリシ
ア語に翻訳し、さらにオラウス=ウォルミウ
スがラテン語に翻訳したものが所蔵されてい
が、完全な翻訳からはほど遠い。
ところが最近、このラテン語版を補完する
内容が含まれているアラビア語版『アル・ア
ジフ』もしくは『キタブ・アル・アジフ』の
一部がエジプト、アレキサンドリアの近郊海
底遺跡から陶片群として発見された。当初イ
ギリス南部で発見された陶片群(エルトダウ
ン・シャーズ)と同じものではないかと考え
られていたが、作られた時代が違うことと書
かれた内容も同じところが全くなかったこと
で別物だと判断され、では『アル・アジフ』
ではないかと解読を進めた結果、その可能性
が高いと判断されミスカトニック大学に正式
に解読の要請がなされたのだった。
図書館は一見巨大なコンクリートの塊に見
えた。外壁は相当に厚くされた鉄筋コンクリ
ートに違いなかった。ツタがほぼ全面を覆っ
ているので巨大な森のようにも見える。魔術
的な防御を施されている所為もあり、人によ
っては建物そのものをあまり認識できないか
もしれない。真知子が図書館に近づいた時も
何かの結界を通り抜けた感じがした。それは
少なくとも何らかの風の民としての力を備え
ているからだろう。
夜の図書館は不気味だ。何回かの夜の侵入
者を許してしまった経験からミスカトニック
大学附属図書館は24時間開館している。表
向きはいつでも学生の希望に応えるため、と
言ってはいるが実際には24時間体制で守る
必要があるからだった。
ここの図書館には窓が全くない。もちろん
窓からの侵入を防ぐためではあったが、窓の
外からだけの侵入という以外にも窓からの侵
入を防ぐためでもあった。窓は入口であり、
それは別世界からの入口でもあったからだ。
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