第16話 第九幕 風の民(2)

 風間真知子は苛立っていた。父が死んでか

ら特に風の民とは距離を置いていたので、あ

の山奥に戻る気はなかった。母親は真知子を

生むと同時に亡くなっており写真もなかった

ので顔も知らない。風の民全体が近親婚を繰

り返した呪われた人々(真知子はそう思って

いた)なので血縁者は大勢いたが一人っ子だ

った真知子には親しい者は皆無だった。


 最近、真知子は毎日のように夢を見た。自

らがハスターとなって宇宙空間を飛び回って

いた。クトゥグアも一緒だ。ロイガーやツァ

ールもいるがイタカは居ない。宇宙を飛び回

ることに飽きたら、なんだか黒い湖に帰るの

だ。それを繰り返す夢をみるのだった。ハス

ターの記憶なのか、真知子の拙い知識が見せ

ているだけなのか、自分では判らなかった。


 火の民にしても風の民にしても、本当に旧

支配者たちの封印が解けるなんて思っていな

い、と真知子は考えていた。そんなことをし

たら地球や人類が滅んでしまうからだ。


 ただの伝説だとも思っていなかった。幼い

頃から現実に体験していたからだ。ほんの僅

かだが風の民にも力を持っている人がいたの

だ。風を操る力。それが何の役に立つのか、

真知子には全く分からなかったし、自分には

そんなものは要らないと思っていた。


 夢を見るようになった原因の一つに火の民

である火野将兵と行動を共にすることがある

のではないかと思った。それと勿論星の智慧

派のナイ神父との接触が大きいのだろう。自

らの力が発現した、というようなことはなか

ったが、自分の中で何かが変わろうとしてい

る、という感じだった。


 少し風の民の存在意義やハスターそのもの

についても興味が出てきたところで、火野将

兵はセラエノ大図書館に旅立ってしまった。

連れて行ってほしい、と火野には伝えていた

がタイミングが合わなかったのか、置いてい

かれてしまった。


 早い段階で風の民のことは投げ出していた

ので知識不足は否めない。真知子は星の智慧

派極東支部にある希覯書を読み漁った。『ネ

クロノミコン』は見せてもらえなかった。不

完全なものらしいので間違った知識を得てし

まうから、というのが理由だった。


「火野がセラエノに行ってお前も暇だろう、

ミスカトニック大学にでも行ってみるか。」


 突然現れたナイ神父からの突然の提案だっ

た。そもそも星の智慧派に勧誘された時もい

きなり現れて即答を迫られた。真知子の細や

かな知識の中にナイ神父のことは辛うじてあ

ったので否応なしだった。神父からすると断

られても特に何事もなく去るつもりだったの

だが風の民の末裔としてはナイ神父の誘いを

断ったりしたら風の民そのものを地上から消

し去られると思った。正直高卒で就活にも困

っていたので単なる就職先だと割り切るんだ

と自分に言い聞かせたのだ。


「はい、いいですよ、ご指示とあればミスカ

トニック大学に行きます。でも火野さんはま

だ戻られないんでしょうか?」


「少し手間取っておるようだな。もしかした

らお前のほうが先に答えを見つけるかも知れ

んぞ。」


「それほどのものがミスカトニック大学に?」


「かの大学は今の地球上では一番の情報源だ

ろうな。完全版に一番近いと思われる『ネク

ロノミコン』も所蔵しておる。ただ、そう簡

単には閲覧を許されないだろうがな。」


「ではここにある『ネクロノミコン』では役

に立たないと?」


「あれは玩具みたいなものだ。不完全で間違

いも多い。」


「なぜそのようなものを保管しておられるの

ですか?」


「我が蒐集したものではない。そのような些

事に我は関知しておらん。我がお前たちに協

力する訳にはいかんのだ。お前たちの無駄な

努力が肝要なのでな。」


 真知子にはよく判らなかった。火野あたり

は理解していたようだが、もっともっと知識

が必要だと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る