第6話 激闘! 脳筋超能力女子高生!

 二〇時。

 真季はリクライニングチェアに深々と腰掛けていた。机の上には、霧島篤の浮気現場を収めた写真が散らばっている。

 あれから真季は二人を尾行した。二人は別れるまで終始楽しそうに手を繋ぎ合っていた。

 手を繋ぎ合う以外は、とりたてて怪しい行動は見られなかったが、所帯持ちの男性が妻に秘密で家族以外の――それも女子高生くらいの――女性と二人きりで過ごしていたのだから、言い逃れもできないだろう。

 せめて、この写真さえなければ、霧島篤に有利にはたらくように情報をまとめることが出来たのだが、と考えるも全ては後の祭りであった。

 真季は、今後の方針を話し合うために、時間は遅いが朱美を事務所に呼び出していた。しかし当の朱美は、霧島篤の浮気現場の写真を見たあと、ふらふらと応接用のソファーに身体を倒し「うおお~おおう~」奇声をあげていた。

 

「霧島篤は浮気していた」


 真季は朱美に、そして自分に言い聞かすように呟いた。


「……うん……」

「お前は、どうすればいいと思う?」


 真季は敢えて回りくどい言い方をしているが、朱美はその質問が「自分たちが死ぬか、霧島篤を見殺にするか」という意味であることを察していた。

 朱美はしばらく沈黙し、そして意を決したように拳を握る。


「言葉で解決出来ないのなら、拳で語り合うしかないよ!」


 直後、朱美の顔に丸めた雑誌が直撃した。


「仮にも女子高生が、物事を殴り合いで解決しようとするな! 握り拳と握手は出来ないという言葉を知らないのか、お前は!」

「握り拳の中には心の本音が詰まってるんだよ、マッキー!」


 朱美は握り拳を天に掲げ、熱弁する。


「人を殴れば、自分も痛い。その痛みが、自分の本心を引き出すんだよ。つまり、殴り合いとは、本心のぶつけ合い! 殴り、殴られ、互いの心のメッキを拳でぶっ壊す! そして、殴り合いの果てに、友情とか絆とか愛とか……そういうのが生まれるんだよ! 正しい殴り合いは、コミュニケーションなんだよ、マッキー!」

「お前は修羅の世界に住んでいるのか?」

「じゃあ、マッキーは良い案があるの?」


 真季は言葉に詰まり、朱美から視線を外してしまう。

 そして誤魔化すように、リクライニングチェアを四十五度回転させ立ち上がり、事務所の中に夜風を招こうと窓を開けた。

 それが、この依頼の決着の始まりであった。


「! マッキー、危ない!」


 朱美が言うが早いか、真季は咄嗟に窓から身体をそらす。その瞬間、強烈な突風が真季の事務所に吹き込んできた。いや、違う。それは風ではない。

 真季と朱美は見た。真季の机の上で片膝をつく少女の姿を。瞬間、その少女は突風のように真季の事務所内から離脱した。

 

「マッキー、大変だよ! 机の上の写真がなくなってる!」

「なんだと!? 朱美、ヤツを追え!」

「うん!」


 すぐさま朱美は、開かれた窓枠に足をかけ、跳躍。驚異的な身体能力を有する朱美の姿はすぐに見えなくなった。

 真季は侵入者の姿を思い出していた。黒装束を身にまとい、群青色のマフラーをなびかせていた少女の姿は、どことなく『忍者』を彷彿させた。

 だが、問題はそこではない。恐らく女子高生ほどの年齢だと推測されるその少女の顔に真季は見覚えがあった。


「あれは、霧島篤の浮気相手だ」



 今宵、月は雲に隠れ、空は闇に染まっていた。しかし、それでも彼女が照らされるのは、地上に光が満ちていたからであった。

 彼女は地上の光を跨ぎながら、建築物の屋根から屋根へと移動していた。

 彼女は自分の機動力に自信があった。幼い頃から、時代錯誤の修行と言う名の拷問を受け続けて手に入れた力だ。だから、ただの探偵など簡単に撒けると思っていた。

 だが、世界にはいるものだ。自分が地獄の中で手にした力に匹敵する力を、のうのうと生きているくせに所持している人間が。

 背後から迫るプレッシャーを振りきれないと判断した彼女は、廃ビルの屋上に着地し、腰に付けた二本の鞘から短刀を抜いた。迎撃の構えだ。


「朱美ボンバーキィィック!」


 直後、闇夜を切り裂く叫びと共に朱美が姿を現した。

 彼女は二振りの短刀を交差させ、朱美の蹴りを受け止めようとした。が、瞬間、彼女の首筋に悪寒が走る。これは朱美の蹴りに対する危険信号だ。その直感は思考よりも早く彼女の身体を動かした。

 朱美の足が地面を穿ち、廃ビルの屋上に風穴を開けた。朱美が放つ衝撃に廃ビルのコンクリートが耐えきれなかったのだ。彼女は冷汗をかいた。あれをまともに受けていたら、風穴を開けられていたのは自分の方だろう。「きゃー、しまったぁ! やっちゃったぁ~!」と足元から聞こえる間抜けな声も、今の彼女には魔獣の咆哮に聞こえた。

 数秒後、朱美は「よっと」とかけ声と共に、大穴から屋上へと踊り出た。

 すると朱美は握り拳を女に向けた。彼女は攻撃かと思い武器を構えたが、それは朱美が人差し指を立てたことで否定される。


「一つ! 跳梁跋扈すこの世の中で!

 二つ! 誰かが傷つき悲しむのなら!

 三つ! 愛と元気を絶やさずに!

 四つ! 拭ってみせます、その涙!

 黒瀬特訪探偵事務所、今はその助手、飛鳥朱美、ただいま参上!」


 そのあまりに堂々とした口上に、彼女は朱美の背後に爆発を幻視した。


「その写真、返してもらうよ! その写真は、人の命に係わるものなんだから!」

「……嫌だと言ったら?」

「力づくで取り返す!」


 最早、戦いは避けられないということだ。

 上等だ。こちらは、足を止めたときからそのつもりだったのだ。


「この身、光浴びず、この命、忠義のために捨てる。夜風(よるかぜ)のコヨイ、ただ参る」


 疾駆。コヨイは、常人ではとても目で追えぬ速さで朱美の懐に飛び込み、二振りの短刀で喉元と心臓を同時に狙う。しかし朱美の戦闘力もまた、常人のそれとは次元が違った。朱美はバックステップでコヨイの斬撃をかわす。喉元の皮膚から一筋の血が流れる。あとコンマ一秒でも反応が遅れていたら、今頃朱美は死体になっていただろう。


「お返し!」


 朱美は喉元の血を手の甲で拭い、そのまま広げた両手から

 突然の攻撃に目を見開くコヨイだが、動揺することなく冷静に二振りの短刀で光弾を切り払う。

 

「……なるほど。貴方もを持っているのね」

「宇宙猫や異世界のコーヒー豆が日常に溶け込んでいる時代だもん。魔法や超能力が浸透していたって不思議なことじゃない。って、いちいち言うことじゃないよね」

「ええ。……私もの覚えがあるから」


 コヨイは、顔の前で二本の指を突き立てた。

 すると、コヨイの姿が闇夜に消えた。

 目にも留まらぬ速さで動いているのではない。本当に姿を消したのだ。


「しまった……!」


 朱美はすぐさまコヨイの気配を探るが、感じるのは肌を冷やす夜風のみ。コヨイの気配は完全に断たれていた。

 朱美は自分が開けた大穴を背に全方位からの攻撃を警戒した。


(どこからくる? 前、横、頭上?)

「残念、足元よ」


 大穴からコヨイの声が聞こえたとき、既にコヨイの斬撃は朱美の心臓に迫っていた。

 しかし、その斬撃は宙を斬ることになる。大穴から伸びる亀裂が、朱美の足場を崩したのだ。


(なんて運の良い子!?)

「そ・こ・かぁぁぁぁ!」


 朱美は自分と共に落下する瓦礫に足を掛け、宙高く飛び上がった。そして、ぐるりと身体を回転させ、そのまま拳をコヨイの背後に広がる大穴めがけて振り下ろす。

 その拳は宙を抉り、拳に込められたが廃ビルを一直線に貫いた。

 直後、廃ビルは遂に衝撃に耐えきれなくなり崩壊した。


「やって……ないよね?」


 それから朱美は、廃ビルの前でコヨイを探していた。

 コヨイが避けられるよう、朱美はわざと大振りに攻撃をしたのだ……が、肝心のコヨイは気配を断っているため、今の朱美には彼女の無事を確認のしようがなかった。


「……でも、これだけやったんだから追っ払うことはできたよね。うんうん、あんなに強い人を撃退できたんだから良しとし……」


 何度も頷く朱美の首がぴたりと止まる。

 そういえば何故、自分はコヨイを追っていたのだろうか。


「ああああ! 追っ払っちゃダメだったんだぁぁぁ!!」


 今宵、街に朱美の悲鳴とサイレンが木霊した。

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