彼女の病原と僕の考え
「線が見えるようになったのは小学三年生のとき。ママに相談したら体質のことを教えてくれた。そしてすぐに両親の間に伸びる線が友達の両親の間に伸びる線に比べて、とても儚げなことに気づいた。私は不安だったけれど、どうすることもできなかった。まもなく両親は離婚して、私はママと二人で暮らし始めた。でもそれも長くは続かなかった。パパと離婚したことで精神的に不安定になっていたママが自殺した。それから私は親戚の家に引き取られたけど……厄介者扱いだったよ。まるで私がそこにいないかのように扱われたりしてさ。学校も転校することになって、とうとう私は一人ぼっち。――その孤独に耐えられなかった。孤独だけが私になった。そして私は闇雲に線を求めた。病的なまでに繋がりを求めた。それで出来上がったのが今の私だよ。……これが私の全部。そしてたぶん私はこの先も偽りの線を求め続けることをやめられない」
彼女は『これが私の病気なんだよ』と諦念に似た微笑みを浮かべた。
正直なところ、彼女にかけるべき適切な言葉がすぐには思い浮かばなかった。そのかわりにわかったことが一つある。
「だから、あんなにいいかげんな恋愛相談をしていたんだね。まるで見込みのない告白を後押しするような」
そう、昼休みに僕は見た。相談にきた女の子に対して明らかにそういう距離感ではない男子への告白を勧める彼女を。これまでにもこういうことは何度かあった。そのたびに僕はいたたまれない思いや、義憤を覚えていたのだが……
「始めの頃はそれこそ相談に来た子の結果の良し悪しなんてどうでも良かった。私にとって重要だったのはその子と線が繋がれることだったから。結果的に恨まれたり嫌われたりしても良かったんだよ。それでも無関係よりはマシだったから。……でも、徐々に罪悪感を感じるようになってきて。良くないことだっていうのはわかっているし、こういうのはやめようと思ってはいるんだけど、やめられなくて……」
事情を知った今、もはや彼女を責める気にはなれなかった。むしろ彼女の助けになりたいと思った。同じ病気の僕だから彼女に同情することも許されるのかもしれない。しかし、そんなことをしても彼女の中で何かが変わるわけではないし、彼女も望まないだろう。どうすればいいのかわからない。
――わからなかったから、自分にわかることだけは伝えなければと思った。
「悪いことだと思っていてもやめられないのは線を求めてしまうからだよね。そして、線を求めてしまうのは孤独という病原のせい」
「そういうこと。原因がわかっていても私にはどうしようもないんだ……」
「そもそも原因なんてあるの?」
彼女は虚を衝かれたような顔をしていた。
「それってどういう意味?」
「だってヨーコちゃんには友達たくさんいるじゃん。もう一人ぼっちじゃないでしょ」
「それは私が意図的に、デタラメに繋げた線なんだよ。本当の友達じゃない」
「本当の友達じゃないって本気で思ってるの? だとしたらそれはちょっと感じ悪いなー、ヨーコちゃん」
「えっ?」
「だってヨーコちゃんの周りにいる人はみんな笑ってるじゃない。少なくともその人たちはヨーコちゃんのこと友達だと思っているはずだよ。それなのにヨーコちゃんは友達じゃないって言うんだね」
「でも……」
「友達になりたいと思ったから、友達になった。何もおかしなところなんてないじゃない」
彼女は何かを考え込むように俯く。少しでも僕の言いたいことが伝わるといいんだけど。
「それにさ、本当に一人の人間なんてどこにも居ないんだよ。誰かが誰かと関わって生きている。現に自分から一人になろうとしていた僕でさえ、こうしてヨーコちゃんと話してる。だからヨーコちゃんは一人じゃないよ。もしも誰も居なくなったとしても、僕がいるじゃん。たとえ離れ離れになったとしても心の距離は変わらない」
言いたいことは言った。僕にできるのはこれくらいのことだけだろう。
彼女はゆっくりと顔をあげる。
「ありがとう。やっぱりキミは優しいね」
彼女の目からは涙が溢れていたが、笑っていた。
それは僕が始めて見た彼女の本当の笑顔かもしれない。
次の日から、僕は徐々に社会復帰ならぬ学校復帰をしていった。友人の多い彼女のアシストもあり、幸いにもほどなくしてクラスに溶け込むができた。それなりに楽しい学校生活はあっという間に過ぎて僕たちは卒業した。
それ以来、彼女と会うことはおろか連絡をとることすら一度もなかった。
最後に見た彼女との心の距離は十五センチメートルほどになっていた。
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