恐れていたものは…

「ヨーコちゃん、そろそろ大丈夫じゃない?」


 放課後になり、人も減ってきたので今日は僕の方から彼女に話しかけた。


「キミの方から話しかけてくるのは珍しいね。そんなに私とお話したかったのかな」

「能力のこと、教えてよ」

「つれないなぁ。いつになく真剣な顔してどうしたの?」


 そんなに真剣な顔をしていたつもりはないのだが、話題が話題なだけに多少緊張しているのかもしれない。


「能力に関する重要なことについての話だったら真剣にもなるよ」

「まぁ、それもそっか。それじゃ、早速本題に……と言いたいところなんだけど、まずはヒラタ君の話を聞きたいな」

「やけにもったいぶるね」

「うーん、もったいぶってるわけじゃないんだけどね。なんていうか、話しているうちにヒラタ君が自分で気づいてほしいことがあるんだよ」

「なんか先生みたいだね」

「体質についてはヒラタ君よりは詳しいからね。ヒラタ君が線を見えるようになったのはいつから?」

「小学校の四年生か五年生くらいのころだったと思う。正確には覚えていないけど。見えるようになったというか、そこに線があるのに気づいたっていう感覚だったのは覚えてる」

「その頃も今みたいな感じだったの? 学校ではずっと寝ているとか」

「いや、小学生のころは友達も多くて学校ではずっと誰かと一緒にいたよ。それこそクラスの全員と友達と言っても過言ではないくらい」

 

 そう。小学校のころの僕には友達が多かった。学校では常に誰かしらと話をしていて、それなりに充実した学校生活だった。


「昔は人気者だったんだねぇ。じゃあ、休みの日とかも友達から引っ張りだこだったわけだ」


 どうしてここで休日のことが出てくるんだろう。会話の方向に若干の違和感を感じつつも答える。


「いや、休みの日は一人のことが多かったよ。習い事もやっていたし――」

「それが今では人との関係を避けるようになった。それはなんで?」


 まるで言い訳など聞きたくないとでも言うように彼女は僕に質問をぶつける。その顔が得意げなのがまた気にかかった。


「前にも言ったでしょ。僕は線を見たくなくて自分から伸びる線を減らそうとしたんだよ」

「線が心の距離を表しているって気づいたのは、線が見えるようになってからすぐ?」

「けっこう早く気づいたよ。自分で言うのはなんだけど、それなりに聡い子供だったからね」

「そうかそうか、なるほどねぇ。じゃあ、その頃に線について他に気づいたことはある?」

「うーん、特にはなかったかな」

「本当に? 私の考えでは何かあるはずなんだけどなぁ……」

 

 彼女は何を言いたいんだろうか。僕が気づいてないこと? 僕自身が気づいていないことに彼女は思い当たっている?


「ごめん。ちょっとわからないよ」

「じゃあ質問を変えるよ。他人との関係性について、線が見えるようになったことがきっかけで気づいたことはないかな? 誰とでも仲が良かった八方美人のヒラタ君」


 他人との関係性? まったく思い当たる節がない。彼女の言わんとしていることが全然わからないし、そのなんとなく挑発的な物言いに少しイライラして――


「何が言いたいんだよ!」


 立ちあがって大声を出していた。

 彼女はまったく取り乱さず、そんな僕をまっすぐに見つめて口を開く。


「キミには居たのかな?」

「――――!」

「キミには大事なことを相談したり、休日にも一緒に遊ぶような親友は居たのかな? キミは自分から伸びる線と他の友達とその友達の間に伸びる線との違いに気づいた。自分には親友が居ないことに気づき、それがコンプレックスになった。そして、線を見たくなくなった。線が見えることを恐れた。……私の思い違いだったら申し訳ないんだけど」


 あぁ……そういうことか。思い出さないようにしていたら本当に忘れてしまっていたのだ。

 全部、彼女の言ったとおりじゃないか。線が見えるようになったことで、自分に気の置けない友人が居ないことを確信してしまった。それから焦った僕は友人との距離を縮めようとしたり、今まで以上に他人に気をつかうようになった。結果、人間関係に疲れてしまった僕は他人と関わるのをやめたのだ。そしてそのことをすべて線のせいにして、今の今まで忘れていた。


「ヒラタ君が怖がっていたものは線そのものじゃなくて他人との関係だったんだよ」


 そう言った彼女はいつかのように口元だけで微笑んでいた。

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