彼女の占い
六月も中旬になり、ここのところは毎日のように雨が続いている。
雨の日は好きだ。視界が傘で遮られることで、いくらか線が見えなくなるから。
――いや、こういう考え方はダメだ。線を怖がるな。
ヨーコちゃんから“意識”についての話を聞いて以来、僕は自分の能力に向き合ってみることにしている。さすがにこの状態のままで、この先ずっと生きていくのは厳しいだろうと思い始めていたし、良いきっかけだった。しかしながら、いきなり線を意識しないようにするというのも無理な話なので、とりあえず恐怖感を克服することから始めたのだが、状況は芳しくなかった。
「おはよう、ヒラタ君。今日も元気ないねー」
教室に入ると、ヨーコちゃんが声をかけてきた。
「おはよう。ヨーコちゃんは雨の日でも元気だよね」
僕は挨拶を返す。あの日以来、『どうせ線がつながっちゃったのだから』ということでヨーコちゃんとは――話しかけられたら返答する程度で、自分から話しかけることは滅多にないが――普通に話すようにしていた。
「あー……、でも最近は、前よりちょっと元気そうなのかな。新学期が始まった頃に比べると下を向いていることが少なくなったというか」
「それは、あれだよ。最近は例の線を克服しようと思って、自分でもいろいろ考えてるからね」
「そうかそうか。それは良いことだね。たくさん友達増やしちゃおうよ」
「まぁ、学校で話すのはヨーコちゃんくらいなんだけどね」
「それって、私だけ特別ってこと……?」
特別といえば特別なのだが、これを肯定してしまうとなんだか違う意味合いで捉えられてしまう気がするような……。
「いや、冗談だよ。真面目に考え込まなくてもいいから」
ニヤニヤしながら彼女は言う。からかわれていたようだ。僕は少し不貞腐れて返す。
「それじゃあ、僕は寝るから。おやすみ」
「最近がんばってるヒラタ君のために体質について私が知ってること、もっと教えてあげようと思ってたのになぁ」
「えっ。この前話したこと以外にも僕の知らないことを知ってるの?」
「たぶんだけど、ヒラタ君が知らなそうな重要なことを知ってるよ」
「それはぜひ聞きたいんだけど」
彼女は能力について、まだ僕の知らないことを知っているらしい。それも重要なことときた。
「でも、こんな変な話、あまり人前ではしたくないよね。ちょっと長くなりそうだし。放課後でもいいかな?」
彼女の言うとおり、能力だとか特異な体質だとかの話を真剣にしているのを誰かに聞かれでもしたら明らかに不審に思われるだろう。朝の教室でするような話ではないな。
「わかった。また放課後にね。おやすみ」
そう言って机に突っ伏した。『結局寝るんだね』という彼女の苦笑混じりの声が耳に届いた。
昼休みになり、彼女の席に人が集まってくる。今日は女の子が多いようだ。
「は、はじめましてっ! 今日はよろしくおねがいします!」
「カオリちゃんだっけ? そんなに緊張しないでいいよ。それより私のはあくまで占いだから過度な期待はしないでね」
「わかってます。それでもヨーコさんの占いは評判だから」
あぁ、例の恋愛相談か。これまでにも何度か彼女が占いをしているところを見ることはあった。別に盗み聞きしていたわけではない。隣の席で寝ている僕を勝手に居ないものとみなして話をしている彼女たちが悪いのだ。
「タメ口でいいよー、同学年なんだし。それじゃ早速始めようか。うちのクラスの男子だよね?」
「あの、黒板の前で話している、背の高い男の子なんだけど……。告白しても大丈夫かな?」
「あー、ヤマモト君ね。さっそく見てみるよ。――うん。大丈夫じゃないかな」
「本当に? やっぱりそうだよね! ありがとう、ヨーコちゃん!」
「これから先のことはカオリちゃん次第だけどね。がんばって!」
僕もヤマモトと呼ばれた男子の方をチラリと見る。
――やっぱりだ。またそういうことをするのかヨーコちゃん……
このことに関して、あるいは彼女を糾弾しなければならないかもしれない。ちょうど放課後、能力について彼女と話をすることになっているし。
胸の奥に湧いた憤りのような感情をしまいこむため、放課後まで寝ることにした。
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