類だとか友だとか

「お隣さんだね。名字で呼ばれるのは嫌いだからヨーコで良いよ。よろしくね」


 高校三年生になった新学期。新しいクラスで隣の席になった彼女はそう話しかけてきた。


「僕は名前で呼ばれるのは嫌いだから名字で呼んでね」

「そうなんだぁ。じゃあヒラタ君だね」

「まぁ、学校では寝てることが多いことからあまり話すことはないと思うけどね」

「なにそれ。もしかしてヒラタ君って友達少ないの?」


 小学校から中学校にあがったころくらいからだろうか。僕は必要以上に人と関わるのを避けていた。


「そうでもないのかな。――このクラスにも多いもんね」


 ………………え?


「あー。でもどれもなぁ……。やっぱり、ぼっち?」

「ちょっと、ごめん。なんの話をしているの?」

「んー。私にはねぇ、心の距離が見えるのだ」


 彼女は冗談めかして言った。でも僕にはそれが冗談ではないのではないかという期待に似た確信があった。


「ヨーコちゃん。それって……」

「ぷふっ。あはははは!」


 彼女が吹き出した。僕はなにかおかしなことを言っただろうか。


「ヨーコちゃんって。『ちゃん』って。呼び捨てでいいのに。あはははは」


 僕としてはいきなり呼び捨てというのは馴れ馴れしいし、かといって名字に『さん』付けというのもなんだか変な気がしたから言葉を選んだつもりだったのだけど。


「そんなことより、心の距離が見えるってどういう……」

「あれ? 珍しい反応だね。普通は冗談だと思うか、面白がっていろいろ訊いてくるかなんだけど……。なんだかヒラタ君は真剣だね」

「僕も同じなんだ。心の距離が見える」

「へぇ!? ほんとにー? じゃあ私とあの子の関係を当ててみてよ」


 彼女はそう言って、たった今教室に入ってきたところの女の子を指差した。

 ってところか。ならば関係は……。


「ヨーコちゃん部活とかやってる?」

「やってないよ。委員会にも入ってない」

「じゃあ同じクラスだったことがあるとかそんな感じかな。会えば話はするけど、放課後や休日まで一緒に遊んだりはしないって感じ」

「…………じゃあ、あの男の子は?」

「話したことがあるくらいの関係じゃない? それも事務的な連絡ほどの会話」

「すごい、本当にわかるんだね。見える人に会ったのはヒラタ君が初めてだよ。私たち仲良くなれそうじゃない?」

「ちなみに、僕とキミはほぼ無関係だね。それじゃあ、僕は寝るから。おやすみ」


 そう言って強引に会話を切り上げ、机に突っ伏した。これ以上話していると気がしたからだ。


「そっかぁ。ヒラタ君にも見えるんだ……」


 そう呟いたのを最後に彼女は席を離れて、友達への挨拶回りに行った。無理に会話を続けないでもらったのが僕としてはありがたかった。

 これが彼女との出会いであった。このときの僕は自分と同じような人間を見つけた気になっていて、いくらか気分が浮ついていた。彼女とならあるいは本当の友人関係のようなものが築けるのではないか……と。

 しかし、ほどなくしてそれが僕の勘違いだということに気づくことになるのだが。

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