姉と弟
農閑期は、兵士の訓練をする季節でもある。
「おおい、
「いけません。ここをお通しするわけには」
一方で、君主の弟である狗古智卑狗の要求にも重みを感じない訳にはいかない。
「ご勘弁ください。
狗古智卑狗はそう拒まれて、主人の帰らぬ内に引き退がるという
「お、おれの子なんだぞ!」
と口走った現場を、姫氏王に押さえられた。王は目に
「久しぶりに稽古を付けてやろう」
と言うなり、弟の胴を腰に乗せて地面に投げ付けてしまった。それで狗古智卑狗は
「
張政が宿にしている室に狗古智卑狗は訪ねて来た。
「どうか頼む。姉に睨まれては生きた心地がしねえんだ」
そこだけは父親に似たらしい、骨の太そうな体を幾重にも畳んで、狗古智卑狗は頼み込む。
「そうは申されても、王は臺与さまに会わせはしますまい」
「いやそれはもう懲りた。臺与を姉さんに預けたときの約束を破ろうとしたのが悪かったのじゃ。おれが悪かった。だから早く
と言うのは、狗古智卑狗が狗奴王から「
「案じるな。近いうちに沙汰をするであろう」
聡明な女王はとっくに張政の来意を見通している。
「あの弟がおっては
と言った頭巾の中の眼に、人の子らしい温情が浮かぶのを張政は見た。
「しかしどうだ、張政。狗古智の人品をどう思う」
「はっ、それは……」
「遠慮をいたすな。有り体に申してみよ」
この女王の
「やや考えの足りぬお方であるらしく見受けました」
やらかしてからああもくよくよするとは、どうも見通しの利かない思慮の浅い人物だな、と張政は見ていた。
「愚かなものであろう。出来の良い兄たちが前に死んでしまって、父上にもお気の毒なことだ。だが予には都合の良いことだ。父上が王であってこそ
「では、やはり狗奴国を併せるおつもりなのですか」
「数年のうちにはそうなる」
「国というのは……」
張政には、中国に旅した時に抱いた疑問が有った。
「……国というのは、どうでも大きくしなくてはならぬものなのでしょうか」
「それが世の習いであろう。中国にも昔は小さい国が万を数えたと聞いている。それが全て漢の統べる所となったではないか」
「しかし、その漢もとうに瓦解をして、
「そうか」
張政が洛陽に行って大いに感じ入った話しにも、姫氏王は心を動かさない。
「だがいくら昔を懐かしんでも、本当に返ることは出来まい。戻り道は無いのだ」
その眼はもう冷徹な権力者のそれに戻っていた。〈邪馬臺と狗奴の王にして、全ての倭人の王〉になるという姫氏王の決意に揺るがない。
難斗米が姫氏王より一つの辞令を受けたのは、その翌日の事であった。
「汝、予が命を承けて
その任務の証として、難斗米は再び伝世の太刀を貸し与えられる。
「併せて奴王の
この所ずっと口数少なであった難斗米は、この日いくらか晴れた顔を張政に見せた。難斗米と狗古智卑狗は北へ向かう。次の夏まで邪馬臺に留まる事になっている梯儁たちをひとまず残して、張政も難斗米に付き添って行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます