第18話 最終話 ココロ×ふたり
花凛が退院したのは由良が見舞いに来た二日後の月曜日だった。体調も戻り病状の経過が良かったせいもあるが、本人が強く希望したと言うのが、本当の理由だ。
「なあ、明日から学校に来るって大丈夫なのか?」
俺は、病院のロビーまで花凛の荷物を運びながら、何度目かの問い掛けをした。
「圭は、心配しすぎだよ。娘に甘い父親になられた困るからね」
怒ったような顔をする花凛、もう以前の無表情では無いのだ。
「圭くん、本当にありがとうね、結局私が一番助けてもらったわ」
花凛の母親は、笑いながら玄関に向かった。
先程、呼んだタクシーの到着を病院のガラス越しに確認したようだ。
タクシーに荷物を積み込んだ後、母親は、俺に礼をし、花凛は、「また明日」と言ってそのまま去って行ってしまった。
まあ、いつまでも病院にいる訳にもいかないよな。花凛が決めた事だ、あいつの頑固に付き合ってやるか。
◆◇◆◇
次の日、俺は早めに登校して教室に向かった。ひとまず花凛より先に教室にいた方がいいだろうと考えていたからだ。
川嶋は、普段から早く登校している。今日も俺が来た時には、既に席に座って雑誌を読んでいた。
「おはよう川嶋っ、今日も普通だな」
「おう、圭おはよう、なんだよ普通ってディスってんのか」
「いや、バカにしてない普通っていいなって思ってさ」
「お前、何だか疲れてんじゃねえの」
多分疲れるのは、これからだろうと思うけど……
クラスが少しざわついた。
「お、おい、圭っ、ふ、古川が登校して来てるぞ」
教室に入って来た花凛の姿にクラスの連中は、驚いていた。
注目が集まる中、花凛が言った。
「みなさん、ご心配お掛けました。頭を打って記憶がまだ戻ってませんが、またよろしくお願いします」
花凛の言葉に俺以外のクラス全員がえっ、という顔になった。
「おい、圭、古川は、お前のことも忘れちゃったのかな」
「たぶん、そうじゃないかな」
「圭、お前、それでいいのかよ」
「こればっかりは、どーしよーもねえよ」
俺は、ワザと投げやりな言い方をした。
川嶋には、折をみて話すつもりだが今は、騒ぎ立てられても困るのだ。
俺だけが病院に見舞いに行っていたことは、内緒にしておきたい。
記憶の無い花凛が、今日を無事過ごせるのかどうか、それだけが俺にとって唯一大事なことだった。
ホームルームであらためて担任の先生から花凛の記憶喪失についての報告があった。
日常生活や勉強には支障のない事、学校については断片的にしか覚えていない事、友達やクラスメートについての記憶がない事などが、みんなに説明され、困っていたら助けるよう指示があった。
そのせいか、花凛は、休み時間ごとにクラスの女子に取り囲まれることになった。
以前のように人を拒絶するような壁を作らなくなったせいもあるのだろう。
花凛は、時折女子から俺についての事を聞かれているのかチラチラと何人かが俺の方を見ている時があった。
「ねえ、立花圭くん、ちょっと話がしたいので放課後、付き合ってもらっていいかな」
花凛が俺の席に近づいてまわりに聞こえるように言った。ひとまず俺との接点を作るつもりなのだろう。
放課後になり、俺達は、二人で屋上にあがった。気を利かせたのか川嶋は付いて来なかったので今は自由に話が出来る。
「いやー、もう疲れたよ。みんなに圭のことを聞かれたよ」
花凛は、グンと体を伸ばした。
「初日だからしょうがないさ、友達出来そうか、花凛」
「圭がいるから特に必要ないよ、みんなには、もう、それぞれの友達がいるからね」
「じゃあ、友達から始めようか、古川さん」
「そんなの嫌だよ、圭のいじわるっ」
花凛は、ふいに俺に抱き付いてきた。
「おいっ、誰かにみられるだろ」
「ねえ、圭は、もう一人のあたしの事も好きだった?」
花凛が何を言っているのかわからない。
「何人いても花凛は、花凛だろ、どういう訳だか、お前達は俺みたいな奴のことを好きになってくれたんだ、嫌いな訳がないだろう」
「ありがとう、『記憶を無くした』あたしの事も好きになってくれて……だけどやっぱり、本当のあたしが、圭と一緒にいたい」
花凛は、そう言って抱き付いた腕にギュッとちからを込めた。
そんな言い方をしたら、まるで……
花凛は、ためらいながらつぶやいた。
「わたしは、あなたのものになる……」
はっきりと聞こえたのは、記憶をなくす前の花凛でしかわからないはずのあの言葉だった。
「花凛、お前、記憶が戻ったのか……」
「本当は、土曜日の夜、思い出したんだ。頭が痛くなって眠った時、銀の羽根の夢を見たんだよ。あたしがこれをどうして大事に思っていたのか、それがわかった時、嘘みたいに記憶が戻ったんだ。でも何だか圭に言うのが怖くて……」
花凛は自信が無かったんだ、俺の気持ちが記憶を無くした花凛の方に傾いてるんじゃないかと不安に思っていたのだ。
まったくバカな奴だなあ……
俺は、花凛の体を愛おしく抱き寄せた。
「悪い方の花凛が、戻ってきたんだな」
「もう、圭は何でそんな言い方を」
「でも悪い花凛が、大好きだから」
花凛の顔は嬉しそうな笑顔であふれた。
俺は初めて見る、花凛のその笑顔に一瞬で心を奪われたのだった。
「あたしも大好きだよ、圭」
午後の陽光は、ふたりを照らし屋上の地面に、その交わる影をくっきりと映し出していた、まるで溶け合うふたりの気持を表すかのように……
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