第16話 スイーツの記憶
次の日も学校から花凛の病院の開示はなかった。"記憶喪失"が理由である事は、恐らく生徒では、俺しか知らない事だろう。
何人かの女生徒が、花凛の様子を尋ねてくる事がある。花凛と仲が良いという理由だけなのだが。
「立花くんは、古川さんのこと何か知ってる、連絡とかあった?」
「別に、何も無いけど、そのうち学校に来るんじゃないの」
その度に、俺はしらばっくれた。
女生徒の中には、俺が冷たいんじゃ無いかと文句を言う奴もいたが、構ってはいられない。気になるのは、花凛の記憶喪失の度合いだけだった。
今日の放課後もホームルームが終わると同時に花凛の病院に向かった。病院のエレベーターを降りて廊下に向かうと花凛の母親がソファーに座っているのが見えた。
「こんにちは」
「あら、圭くん来てくれたのね」
「今日は、顔を見られますか」
「ええ、大丈夫だけどガッカリしないでね」
「多分、ガッカリすると思います。今日は、それを確かめに来ました」
「そう、わかったわ……どうぞ」
俺が、覚悟をしてやってきたのが、花凛の母にも伝わったのだろう。
部屋に入ると花凛は、ぼーっとした顔でこちらを見た。
「あなたは、どなた、知っている人ならごめんなさい、あたしは記憶喪失らしいので」
まるで、初めて話した時の花凛みたいだった。
「僕は、立花 圭、君の学校の同級生だよ」
「そうなの、だけどあまり話した事無いんでしょうね。あたしは感情が無いから」
「どうだろうね。いつも君から話してきてたから、古川さんは家族の事は覚えているの?」
「いえ、みんながそうだと言うからそう思ってる、勉強や生活の事は覚えてるんだけど周りの人の事になると記憶が霞んでしまうのよ」
「ねえ、古川さんは、好きな食べ物は、あるかな」
「あたしは、スイーツ全般に強いよ」
「わかった、今度、
それから俺達は、他愛の無い話をしていたのだが面会時間も無くなりそろそろ帰るよと花凛に言った。
「わかった、でもちょっと待って……」
そう言って花凛は、俺に紙で作った黄色い花びらを渡した。
「黄色は、嬉しい色……」
「えっ、何でわかるの、あたし、みんなに言ったのかな」
「いや、俺がそう思っただけだよ」
部屋を出ると花凛の母親がソファーに座っていた。多分、不憫でいたたまれないんだろうな、母親の事もわからない娘のことが。
「今日は、帰ります。明日は、来れないかも知れませんが」
花凛の母親に礼を言われて俺は、その日、病院を後にした。
次の日の放課後は、病院には行かずに電車に乗った。花凛と最初にデートした店でスイーツを買う為だ。俺は次の日でも食べられるだろうと思い、抹茶のロールケーキを選んでドライアイスを沢山入れて貰った。
帰り道に携帯が鳴ったので誰かと思いスマホの画面を見ると花凛からだった。
「はい、もしもし」
「あたし、花凛だけど携帯見たら連絡先があったからかけてみたんだ、今日は、来れないのかな、やっぱり面倒くさいよね」
「うん今日はムリ、誰かさんの為にスイーツ買いに来てるから、明日は行くから待っててよ」
「そ、そうわかった、待ってる、でも来れなくてもあたしは全然平気だから」
平気じゃないから電話をしてきたんだろうに……
電話を切った俺は、急いで駅に向かった。
間に合うか……?
俺が、病院についたのは面会時間ギリギリだった。柄にもなく走ったので汗だくだ、熱血キャラじゃないんだけどなぁ。
急いで病室に向かうと花凛の母親が割れた花瓶を片付けていた。
「えっ、圭くんどうしたの今日は来れないって言ってたのに」
花凛の母親は、驚いた顔をした。
「今日中じゃないと悪くなるんで」
俺はロールケーキの入った箱を手渡した。
「花瓶割れちゃったんですか」
「そうなのよ、花凛が落としたみたいね」
部屋に入ると花凛が、ベッドで横になっていた。手にはスマホを持っている。
俺に気付いた花凛は、かなり驚いたのだろう一瞬固まったように見えた。
「ど、どうして、今日は来ないって言ってたのに」
「スイーツが不味くなると困るからね」
花凛は、俺に馬鹿なのと呆れたみたいな言い方をしたが声だけは弾んでいた。
「ねえ、これあたしの宝物なんだよ、覚えていないんだけど多分凄く大事なものなんだ」
花凛は、誕生日に俺があげた銀の羽のストラップを見せてきた。あげた時も花凛は、ストラップをジッと眺めていたっけな。
「用意が出来たわよ」
花凛の母親が、ロールケーキを切って持ってきてくれた。俺の分も用意してくれたようだ。
花凛は、ロールケーキにフォークを突き刺して大きめの塊を頬張った。
「んんっ、やっぱりここのスイーツは、おいしい……あれっ、あたし、このおみせのことを知ってる……確か……誰かと……」
母親と俺は混乱している花凛を休ませる事にした。あまり無理をさせるのは危険だと判断したからだ。
俺が帰る時、花凛からまた黄色の花びらを渡されたのだった……
次の日は、学校が休みだったので朝からスイーツを買いに出かけた。今日のセレクトは、抹茶テラミスにしたのだが濃厚になりがちなベースのテラミスを抹茶の成分がさっぱりとしたテイストにする一品らしい。迷ってもしょうがないのでおすすめに従ったと言うのが本音だ。
スイーツを調達した俺は、その足で病院に向かったのだった。
病室に向かう廊下で花凛の母親にあった。
「あっ、圭くん、ごめんなさいね、毎日来させてるみたいで」
花凛の母親は、やはり疲れているように見える、泊まり込みでの看病のせいだろう。
「そんな、気にしないで下さい、勝手に来ているだけですから、あとこれ御見舞いです」
同じようにテラミスの入った箱を渡した。
「圭くん、御見舞いなんていいのよ、来てくれるだけで、ありがたいんだから」
「まだ大丈夫ですよ、僕のお小遣いが無くなるまでには退院してもらわないと」
「そうね、ほんとうに」
母親は、少し笑って返事をした。
花凛は、テラミスを食べながらしきりに感心していた。おすすめを買って来た甲斐があった。
花凛の母親は、俺がいるうちに家に戻って用事を済ませてくるようだ。
今は、俺と花凛のふたりだった。
「あたしは、あなたの事を圭って呼んでたみたいね、ねえ、圭って呼んでいいかな、あたしは花凛でいいから」
「いいよ、花凛は、初めから圭って呼んでいたけどね」
「えっ、そうなの、あたし、自分のメールを見たんだけど登録は、家族と病院、それと圭に由良子って人だけだったわ」
「花凛は、必要な人しか登録しなかったからね」
「あの、圭に送ったメールをみたんだけど、あたしは相当痛い人だったような気がするんだけど、どうかな」
「相当痛い人だよ。花凛本人が謝って来たくらいだから」
「ええーーっ、あたし嫌われてたんじゃないの」
「嫌われてたなら、俺が毎日来てるのは、おかしいだろう」
「だったら好かれていたって言うことかな」
「なあ、これわかるかな」
俺は、以前、花凛から貰った桜色の紙の花びらを見せた。
"ピンクの花びらは特別……"
「俺は、たとえ記憶が戻らなくても花凛が生きていてくれて良かったと思ってる」
「圭は、特別な人……」
感情を表すはずのない花凛の目から涙がこぼれ落ちて頬を伝った。
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