第15話 ロボットの涙
花凛が、学校の階段で足を滑らせて入院したのは昨日の事だった。
ひどく頭を打ち付けてしまったようで他の学年の生徒が見つけた時には、すでに意識が無く、保健室の先生の判断ですぐに救急車で病院に運ばれる事になったのだ。
体育の授業の前の出来事で俺は、その時近くにいてやれなかった。
昨日の時点で担任からは、その事を知らされていたのだが、何しろ絶対安静という容態の為、今日になっても搬送先の病院は、明かされていなかった。闇雲に押し掛ける者がないようにとの学校側の配慮だ。
入院先がわかっても何が出来る訳でもないのだが、俺は放課後近くの総合病院を廻った。そうでもしないといたたまれない感情に押し潰されそうになったからだ。
俺にとって花凛のいない教室は、とても静かで穏やかだった。安穏な日常……なのにそれが痛いほど寂しかった……
「立花 圭さん、そうですか同じ学校の……でも古川花凛さんは集中治療室に入られていますので残念ですが、お会いする事はできませんよ」
中央総合病院の受付の女性がそう答えた。
2軒目の病院でようやく花凛の居所がわかったのだ、そして同時に容態がまだ思わしくない事も……
2日目になり、花凛が意識を取り戻した事を担任の先生から聞いた。精密検査なんかがあるみたいだからお見舞いは、まだ無理だけど、とにかく良かったな、みたいな事を言っていた。
「良かったな、圭、大丈夫そうじゃないか」
川嶋が、気を使ってくれているのがわかったが、そんな達観した考えには至らなかった。会って話が出来るまでは、安心だなんて思えない。
俺は、川嶋の気遣いに礼を言って、放課後にまた中央総合病院に行こうと決めた。
中央総合病院は、この街では比較的大きな病院で学校からは歩いて行ける距離にあるのだが気軽に寄れる程、近いわけでもなかった。
放課後、すぐに学校を出たにもかかわらず結構な時間になってしまった。
まあ、その方が、精密検査の終わっている可能性が高いかも知れないから俺にとっては良いのかも知れないけれど。
病院の受付で花凛の名前を出して病室を教えてもらった。
集中治療の後なので今は、個室にいるらしいのだ。
花凛の病室のある階の廊下を歩いて部屋の番号を辿る。808号室、ここが花凛の部屋だった。
個室のフロアーだけに、廊下に人がいることもないのだが、今は花凛の病室の前のソファーにひとりの女性が座っていた。
そのウエーブの掛かったミディアムヘアの女性は、動きやすいようなスウェット素材の上下を着ていた。花凛によく似た顔立ちをしており、年も若そうだ。
「あの、すいません古川さんのお姉さんですか?」
考え事をしていた様子の女性は、俺に話し掛けられてビクッとしながら振り向いた。
「あら、学校の生徒さんね、よく病院がわかったわね、ふふふっ、お姉さんだなんて、私は、花凛の母親よ」
花凛の母親は、せいぜい20代後半くらいにしか見えなかった。大げさな話では無く。
「すいません、その、お若く見えたので……
あっ、僕は、古川さんのクラスの立花です。
今日は、容態は、どうかなと思ってたまたま様子を見に来まして……」
母親だと聞いたせいで話し方が、しどろもどろになってしまった。
へこんでいる俺に花凛の母親が、こんな事を言った。
「ふふふっ、やっぱりあなたが最初に来たのね、立花 圭くん」
あれっ、なんで俺の名前を……
「えっ、それってどういう事ですか?」
「たまたまで知らされてもいない病院に来る人なんかいないでしょ」
花凛の母親は、理由の代わりに別の話を始めたのだった。
「あの子が、中学に入ってすぐの事だったんだけどひどい事故に会ったのよ。信号無視の車にひかれて、命は無事だったのだけれど頭を打って表情をつくる事が一切出来なくなったのよ。まあ、今でもそうだから、立花君もよく知っているとは思うけど」
俺が、黙ってうなずくと母親は、続けた。
「花凛は、もともと感情の起伏の激しい子だったのだけれど、それ以来すっかり心を閉ざしてしまってまるで感情まで無くしてしまったようだったわ。
あの子がロボットみたいだって言われたのも、その頃の事よ。古い小説で『ロボットの涙』という本を見つけた花凛は、その主人公のロボットを真似て色の付いた花びらで気持ちを表す事を始めたわ。結果として気味悪がられるだけだったのだけど」
「それじゃあ花凛さんは、3年もそんな事を続けていたんですか」
わざわざ友達を無くすような事を……
「あの子は、ずっと探していたのよ、自分の事をわかってくれる人をね。そしてついに見付けたの立花 圭くん、あなたをね」
「僕は、そんな大層な人間じゃないです、花凛さんの為に何も出来ませんし……」
そう、今も俺は、何も出来ないじゃないか
歯がゆい思いが胸に込み上げてくる。
「でも、あの子は、あなたに会ってから生き返ったわ。休みに洋服を選んだり、髪型を変えたり、そわそわしたり、事故にあう前の花凛に戻ったようで私は嬉しかったのよ、ありがとうね、圭くん」
「いえ、本当は楽しかったのは僕の方です」
「そう言ってくれて花凛も喜ぶと思うわ、だけど今は無理なのよ」
「えっ、な、何があったんですか?」
最初、花凛の母親を見た時どうして考え込んだような顔をしていたのかわからなかったのだが、返答を聞いてハッキリした。花凛の母親は、俺にこう告げたのだ。
「あの子は記憶喪失になったのよ……」
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