第3話

「……俺は確かに人を殺してきた……それこそ数え切れぬ。

 後悔はしていない……自分が生きる為だから。

 ……だが、俺は罪を犯した……最後の最後に罪を犯した」


 男は俯きながら少しずつ語る。


「……この罪をどうか裁いて欲しい」


 男は語る、自分が罪と思ってる事を。



 物心ついた時から俺は一人だった。

 生き抜く為には何でもやった。

 人を騙すのも盗むのも全部生きる為だ。

 そんな俺を拾ってくれたのが将軍だった。

 将軍は俺に剣を教え、礼儀を教え、世界を教えてくれた。

 俺は初めて人の為に死んでも良いと思った。

 将軍の為に役立ちたい。この一心で生きてきた。

 気づいたら俺は国で一番の剣士と呼ばれていた。

 俺は嬉しかった。ただ、将軍の役に立てるのが嬉しかった。

 それから国同士の戦争が起こった。

 俺は戦った。教えられたままに、将軍の為に、生きる為に。

 日々戦況が不利になっていく。そんな中、将軍が味方の為に

無茶な戦闘に身を投じた。

 俺はそれを聞いてすぐに将軍の元に向かった。

 死に物狂いで到着した時には――手遅れだった。

 将軍は討ち取られていた。

 俺は忘れない、あの女騎士を。

 最初は自分の目を疑った。あの将軍があんな小さい、まるで

子供のような女騎士に討たれたなど。

 俺は怒り狂い、そいつ以外を皆殺しにした。

 ――だが、そいつだけは殺せなかった。

 小さな体ではあったが、素早く、力はそうなかったが全身を

使ってその不利をなくしていた。

 俺は何度もそいつを打った。だが、事如くかわされ、いなされ、

殺す事が出来なかった。

 俺は理解した。こいつが強く、将軍が強い者に討たれた事を。

 少しだけ冷静になった。怒り狂う事はなくなったが、憎しみは募った。

 それから俺は何度となく、その女騎士と戦場でぶつかった。

 ぶつかって憎しみをぶつけた。

 何度も何度も。

 女騎士以外ならばどいつもこいつも皆簡単に叩き斬った。

 俺は戦場で常に女騎士の姿を探すようになった。

 俺は女騎士が憎かった。俺の最も大事な人を奪ったから。

 同時に俺は自分を憎んだ。女騎士を討てない自分を。

 戦況がもう最悪だった。多分この国は負けるのだろう。

 だが、俺には関係なかった。

 俺はただ、将軍の仇を討つだけだった。

 俺は敵兵を殺して、殺し続けると必ず女騎士が出てきた。

 俺は歓喜した。『今度こそ』、俺はそう思って剣を振るう。

 何度となく剣を振るうのに倒せない。他の者は簡単に倒せるのに、

この女騎士だけは倒せない。

 俺はこの時初めて女騎士を尊敬した。

 全力で戦い、体格の不利も跳ね除けるその技量に。

 決着はまた付かなかった。

 俺は憎しみだけをぶつけるのを止めた。この女騎士には憎しみ

だけでは勝てない。

 俺は純粋に女騎士に勝ちたかった。もう国は負けるだろう。俺の命も

そう遠くない内に散る。その前に女騎士に勝ちたかった。

 俺は女騎士とまたぶつかった。

 俺は一心に剣を振るった。俺の剣は初めて女騎士をかすめ、

その兜を叩き斬った。

 俺は魂が震えた。そのまま後一撃、それで終わりだ。

 俺は剣を振り下ろすその刹那、初めて女騎士の顔を見た。

 それはまだ幼さが残る綺麗な顔をしていた。とても戦場で俺と

渡り歩くようには見えない、綺麗な顔だった。

 俺は女騎士と視線が合った。純粋で強い光が宿った瞳だった。

 ……振り下ろした時、俺の剣はただ地面を深く薙いだだけだった。


 俺は女騎士を斬れなかった。

 俺はその夜、ただ泣いた。自分が情けなかった。やっとここまで

来たのに、やっと将軍の仇が討てたのに、何故か女騎士を斬れなかった。

 俺は怒りを捨て、憎しみを捨て、やっと辿り着いたのにまた別の物が

邪魔をした。

 怒りも憎しみも分かる。だが、これは分からない。

 戦争はこの国の負けだ。明日にもこの城へ敵が雪崩れ込んで来るだろう。

 俺の命も明日までだ。後悔は無い、だが最後に女騎士に会いたかった。

 城に敵が雪崩れ込んできた。俺は戦った。俺は敵を殺して殺しまくった。

そうすれば女騎士に会えるような気がした。

 その願いは叶った。女騎士が俺の目の前に立ちはだかった。


 女騎士は心なしか何かを言いたげに見えた。

 だが、俺の心は決まっていた。

 俺は女騎士と一騎打ちを行った。

 俺の剣が女騎士の体をかする。防具の上から剣が幾重もかすり、

傷をつける。

 俺は悟った、ここまでだと。

 先程から致命傷を与える隙がいくつもあったのに、俺はそこに

打ち込めない。俺は女騎士を斬れないのだ。

 覚悟は決まった。

 俺は少しの間合いを取り、女騎士に必殺の一撃を打ち込む。

 こんな一撃、女騎士に当たる訳がない。

 分かっている事だ。俺は女騎士に殺されたいのだ。

 ほらみろ、女騎士が軽くいなして反撃に俺の首を狙う。

 将軍、ごめんなさい。仇は討てなかったです。

 でも、満足です。こんな風に思ってごめんなさい……。

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