第3話 熊さんと打ち解け……られるか?
ある日、森の中、熊さんに出会った。
……うん、現実で起きたら楽しく歌う気にも笑う気にもなれないなこれ。しかもこの場合の『お嬢さんお逃げなさい』って俺だよね間違いなく。
俺は映画の弾丸を避けるシーンのごとく地面をごろごろ転がり立ち上がると、相手と相対する。熊は特に動くでもなくその場で「グルグルッ」と呻く。
くっ、まさか爺ちゃんとの会話で立った
くまがあらわれた!さあどうする?
こうげき
とくぎ
アイテム
にげる
ここは真っ先ににげるを選択したい。だがここで俺は爺ちゃんの言葉を思い出す。
『真正面から殴り飛ばしてやればいい』
そう、俺にだって男としての、人間としてのプライドがある!何もせず逃げるだなんてそんな恥ずかしい真似できない!
「うおおおおおおっ!!」
俺は猛々しく吼えると、熊との間合いを一足で縮め、やつの懐へと潜り込む。そして固く握り締めた拳を相手の胸へと強く叩き込んだ!
「グオオオオオッ!?」
俺の拳が突き刺さるとやつは苦悶の声をあげる。だが拳はそこで止まることをせず、そのままやつの胸板を深々と貫く。辺りに紅い鮮血が迸り、ビリビリと空気を震わせるほどの衝撃に、やつの身体が後方へと吹き飛んでいった。
俺は血を払うと、手をくいくいっと動かし挑発する。
さあ、来い!人間の底力、見せてやる!
……なーんて、展開なら激熱なんだけど。
「グルルッ」
はい。まったく効いておりませんです。吹き飛ぶどころかその場から一歩も動いてないとです。特に怒った様子もなくただ見つめてくるだけです。なんとなく憐れみの視線を向けられている気がします。しょうがないじゃん。俺ただの都会人だもん。
だがまだだ!今度は『とくぎ』を味わえ!
「……くっくっく、なかなかやるようだな。だがその程度で私の前に立つなど実に愚かしい。とはいえその蛮勇は買ってやる」
これこそ特技、『
「どうだ?私の仲間にならないか?今なら貴様に世界の半分をくれてやろう。……いや、命が惜しくば素直に言うことを聞いて」
「グオオオオオッ!!」
「ごめんなさいいいいい調子ぶっこきました世界の半分どころか敷地一坪もあげられないですううううう!!」
そもそも言葉が通じてるのかさえ分からない相手に長い台詞聞かせても意味なんてなかった!
いや、俺にはまだこれがある!叡智をもってして数々の苦難を乗り越えてきた冒険者の必需品、エルマーバッグ!この中になら熊さえ撃退せしめるなにかがあるはず……!
チューイングガム→熱で溶けてる。
輪ゴムと昼食用の割り箸→ゴム鉄砲が作れる。それで?
婆ちゃん特製おむすび(塩)→あげない。これ俺の飯な。そもそも鮭入ってない。
棒つきキャンディ→あげない。これ俺のおやつな。
お茶入りの水筒→あげない。これ俺の命な。
ゴム長靴→牙からの攻撃を防げる。でも足だけ。
熊避けの鈴→見つかってるため効果なし。むしろ鳴らせば殺される。
万能ナイフ→出したら殺される。
櫛とヘアブラシ→全身毛だるまなので必要なし。
陽気な親父がいつの間にか入れていた『父さん肩叩き券』→破り捨てた。
ふふ、現状を打破できそうなアイテムもなければ、アイデアも思い浮かばなかったよ……それと、親父は生きて帰ったら絶対シめる。逃げるという選択肢もあるが、地の利はやつにある。ここに初めて来た俺が逃げ切れるはずもない。つまり……。
結論→人生オワタ\(^o^)/
短かったな、さらば16年の儚き人生よ……。
もし生まれ変われるのなら、異世界に転生して無双したい……もしくはハーレム作ってダラダラしたい。
俺が半ば諦め気味に顔に腕を当てていると。
「がうがうっ」
誰かに横から服の裾を引っ張られた。視線を向けると、先程のターザンがこちらを見上げている。
彼女は俺が気付いたにも関わらず、服をぐいぐいと伸ばす。
いきなりなんだ?
俺は先程まで少女がいた場所を眺める。
そこには大量のバナナの皮が乱雑に散らばっていた。
まさか全部食われるとは……。
思わぬ光景に呆然とするも、俺はそこで少女の意図に気付く。
「ごめんな。もう無いんだよ、それ」
「……」
言葉が通じてるか分からないが、俺はバナナの残骸に指を指しながらそう口にする。
すると少女は引っ張るのをやめてうんうんと腕を組んで考え込みだした。
……は!まさかバナナが無いと知ってこいつも俺を殺るつもりなのか!?
くっ!こうなったらこの少女を人質にしよう。今、彼女の手には石斧はない。男の俺なら羽交い締めくらいはできるだろう。そうと決まれば━━。
「グルルルルッ!」
あ、はい。駄目でしたこの作戦。こっちから少女に近づこうとしたら今までとは比べ物にならない威圧感を熊が放ってきます。それこそ人質に取る前にばっさりと爪でやられそうです。もうなんだか疲れてきちゃったよ……。
「ガウガウッ」
彼女は突然腕を解くと、熊へと歩み寄り声をかける。すると熊も「グルルッ……」と反応していた。もしかして会話している?
しばらく二人の様子を眺めていると、熊の唸り声が止む。その様子に、少女は熊へと一度抱きつくと、俺の方へと向かってきた。
「ガウガウッ!」
「……もしかして、交渉してくれたのか?」
「ガウッ!」
「……そっか、ありがとうな」
俺は少女の頭をくしゃくしゃと撫でる。彼女は「ウーッ……」と気持ち良さそうにしている。なんか、犬や猫を可愛がってるような気分になるな……。
「グルルッ……」
あ、はい。ごめんなさい熊さん。撫でるの止めます。止めますからその今にも食い殺さんとするような目を向けるの止めてください。
こうして、何事もなく過ぎて行く予定だった夏休みは終わり、俺と野性少女と熊による、サバイバル的夏休みが始まるのであった。
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