第2話 野性少女と打ち解けよう

さて、これからいったいどうしたものか。


出来る限り顔より下側を見ないように俺は少女の様子を窺う。


彼女は先程からその場を動かずじっとしている。言葉が通じるのか分からないが、状況から察するに警戒されているのは確かだ。ならば、ここは刺激しないよう慎重に行動するしかない。


俺は背中のバッグを地面に下ろすと、中からあるものを取り出そうとする。


ふふっ、こんなこともあろうかと俺にはとっておきの秘策があるのだ。密林のごとく木々が立ち並ぶこの山を登ることは、都会育ちの俺にとってはまさしく冒険そのもの!そんなわけで必要になるかもわからない物をたくさん持ってきたのだ!気分は幼い頃に読んだルース・スタイルス・ガネット著の『エルマーの冒険』そのものである。見てろよ、ここから先、俺はエルマーになってやる!


「ターザンよ!刮目してみるがいい!」


「ガウッ!?ウガアッ!!」


あ、やべえ、慎重どころか驚かせてしまった。しかも驚いた反動か、少女が食らい付くかのように俺に飛びかかってきた。


「いたたた痛い痛いいきなり叫んでごめん謝る謝りますから頭かじるのだけは勘弁していや本当マジで!」


振りほどこうと暴れると少女が地面へと落ちる。彼女は体勢を立て直すと、両手を地面につけて、猫のように威嚇してくる。


「うう、痛かった……」


かじられた頭を擦るけど、穴が開いている様子はない。頭って意外と頑丈なのね。


とにもかくにも、そうやっていられるのも今のうちだ!これこそこの状況を打開するアイテム!いざ魅入られるがいい!


「……ガウッ?」


俺の手に握られているのは、長さ15センチ程の黄色い物体。棒のように真っ直ぐな形状ではなく、弧を描くように曲がったそれは、根元で何本もくっついて房になっている。


人も猿もゴリラも類人猿なら誰もがご存じ、三時のおやつバナナである。


高い山々に囲まれているこの村は雨があまり降らず、加えて気温も高い。いわゆる南国に近いカラッとした気候なのでバナナを育てるにはうってつけなのだ。もっとも栽培してるのは多趣味であるうちの祖父が作ってるやつのみで特産品と呼べるほど浸透してないのだが。


「ウウウウッ……」


おー、未知の物体に興味津々って感じだ。

ほーら、バナナだよー。甘くてジューシーだよー。食べなきゃもったいないよー。


俺がバナナを一本、地面に置いて離れると、少女はしばし様子を伺う。やがて俺がその場から動かないことを確認すると、そろそろとバナナに近づいていく。彼女は手でむんずとバナナを掴むと、そそくさと樹の傍まで駆けていった。


「ウーッ?」


その場に胡座をかいて座り、両手でバナナを握ったまま鼻を近づけクンクンと匂いを嗅ぐ。首を左右に揺らし繁々と観察している。すると突然口を開けて「ガーウッ!」とかぶりついた。皮を剥かずに。


「ウッ!ペッペッ!ウーッ……」


渋かったのか。唾を吐くほど渋かったのか。涙目になるほど渋かったのか。


なんか目の前で悪戦苦闘する少女の様子を見てると微笑ましい気持ちになってきた。


「ウーッ……ウウッ」


お、皮を一枚ずつゆっくりと剥き始めた。さすがに知性は高いのか。それにしても……。


「ガウ……ッ!」


一皮剥けたバナナが生い茂る葉の隙間から溢れる陽光を浴びて煌々と輝く。少女はその光景に目をキラキラとさせながら興味深く見つめていた。


無垢な少女が俺の・・バナナを握っている……いや待て、勘違いしないでほしい。決してそんな意図があって渡したわけじゃない。でも仕方ないだろう?思春期男子ならついそんな想像してしまうだろう?


まあいい、この際そんなことはどうだっていい。さあ食え。食うんだターザンよ。その小さな口で俺の大きなバナナをくわえるんだ!


「ガー……」


少女はぺろりと先端を舐めると、俺の大きなバナナを口を精一杯開いて口に含む。そしてそのまま━━。


「ウッ♪」


イッタアアアアアア!躊躇もためらいもなくマルっとサクッと根元からボッキリへし折る勢いでイッタアアアアアア!歯まで突き立ててエエエエエエ!!


「ガウッ!?」


目の前でいきなり仰向けに倒れ込んでビクンビクンと痙攣している俺に驚いたのか、少女が素っ頓狂な声をあげた。


ははっ、大丈夫、大丈夫だよ。あれは俺のじゃない。立て!立つんだ俺!俺は何度だって立ち上がれるさ。立たないけど立ち上がれるさ!


そんな阿呆なやり取りをしていたせいだろうか。


ガサガサガサッ。


草を掻き分けるような音が辺りに響き渡る。それと同時に俺の頭上に陰が差した。


なんとなく嫌な予感がして、俺は倒れたまま頭を上に動かしてその正体を確認する。



「……グルルルルッ」


俺なんかよりもずっと逞しい巨体を誇り、身体中から人間のものと比べれば何倍も堅そうな黒々とした毛を生やす猛獣が牙を剥いてこちらを見下ろしていた。

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