蒼翠のターザン、田舎にて
《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ
第1話 ターザン、ド田舎にて
あなたは『運命の出会い』というものを経験したことがあるだろうか。
偶々知り合った相手がかけがえのない親友になったり、落とし物を拾ってくれたまったく接点のない見知らぬ異性と後に夫婦になったりと、そういった出会いのことだ。
そういう意味では、俺が今体験しているこの状況もまさしく『運命の出会い』なのだろう。……いや、どちらかと言えば『運命の出会い』ではなく、幽霊やUFOと遭遇してしまう様な『不思議な出会い』と呼ばれるタイプのものだが。
俺の目の前にターザンで少女な半裸がいる。
……すまない、訂正だ。どうやら俺はかなり混乱しているらしい。
正確に言うならば、樹の側面にぶら下がってこちらに威嚇するように「ウウウウッ……」と唸り声を上げて睨み付けてくる少女がいる。何を言っているか分からない?安心しろ、俺にも分からん。『考えるな!感じろ!』と言う名言があるから実践してみたが、なるほど。さっぱり分からん。頭がどうにかなりそうだった。
とりあえず冷静になるためにここに至るまでの経緯を一つずつ整理することにしよう。
俺、
祖父母がいるのは東京から離れた、樹が鬱蒼と茂る山々に囲まれた山村で、地理的な関係上どうしても訪れる機会がなく、またこちらの都合が合わないこともあって疎遠になっていた。
しかし祖父も祖母もかなりの高齢となり、「元気なうちに会いたい」ということで、半ば強引な形で俺は夏休みの予定をキャンセルすることになった。
貴重な夏休みを奪われただけでなく、携帯やスマホも圏外でほぼ使えない田舎にしばらく滞在するなど、生粋の都会人である俺にとっては拷問に等しいと思っていたし、うちの家で介護を受けるわけでも老人ホームに入るわけでもなくずっとこんな山奥に住み続ける祖父母達を恨めしくも思った。だがそんな思いも、数日過ごしてみるうちに徐々に薄れていった。
確かに都会と比べれば無いものは多く、不便だと思うこともしばしばあるのだが。
大きく息を吸うと、澄みきった空気が鼻腔を
どれ一つ取っても、都会に住んでいた頃には味わうことのなかった体験であったために、俺は退屈するどころかあらゆる物に興味津々だった。……まあ、祖父が「飲むか?」とスズメバチの蜂蜜漬けを勧めてきたときは全力でお断りしたが。
そんなこんなで日々を過ごすうちに、俺は家から程近い場所に見える山に興味を持った。
「爺ちゃん、あの山は入っても良いのか?」
「……あぁ?あんな山に何の用で?」
「ちょっと冒険してみたくって」
俺の突拍子もない言葉に祖父は呆れながら、しばし顎を撫でていたが、
「暑いからしっかり水分補給しろよ。それと念のために必要そうなもん色々持ってけ」
と、射抜くような目付きで忠告してきた。
「……あの山に何かあるの?」
「あ?特になにもないが、見ての通りもう何年も手入れされてないからな。熊でも出るかもしれん」
「え……そんなとこに行って大丈夫?」
熊という言葉に冷や汗が流れる。そんな俺の肩を祖父は力強く叩いた。
「なに、熊くらい真正面から殴り飛ばしてやればいい」
爺ちゃん。俺、生粋の都会人なんですけど。出来てせいぜい『死んだフリ』くらいだよ……。
「それじゃあしゅっぱーつ!」
「遅くなりすぎるなよぉ」
「分かってるよ!」
大きめの水筒や、祖母が握ってくれたおにぎり弁当、その他諸々をリュックサックへと詰め、見送る家族に手を振ると、俺は足取り軽く目的地へと旅立った。
普段から運動をあまりしない俺にはなかなかにハードな道のりだったが、山の景色は正直、圧巻の一言に尽きるものだった。
ブナやミズナラと言った夏緑樹林が、青々とした立派な葉を茂らせ、辺りは見渡す限りの緑、翠、碧。
大きく息を吸うと、森の香りと共にマイナスイオンが全身へと満ち、清々しい気分になる。……前から思ってたんだが、森の中で『マイナスイオンを浴びる』ってよく言うけど、結局どういう意味なんだろうな。今度化学の先生に聞いてみよっと。
そんな感じで時折立ち止まっては景色を眺めたりしながら、山を登っていく。傾斜は緩いのだが、祖父の言っていた通り手入れが全くされていないのか、一度は整備されていたであろう山道さえ、枯れ木が倒れていたり、土砂が雨で流されたのか妙にデコボコしていて歩きづらかった。
……全く、爺ちゃん笑えないぜ。こんなの本当に無法地帯みたいじゃないか。熊はさすがに言い過ぎだけど、これなら猪くらいはいてもおかしくない━━。
「……グウウウウッ」
……ん?
突如聞こえた小さな声に立ち止まり、俺は周囲を見渡す。俺が今いる場所は比較的開けているので誰かがいれば直ぐに気付ける。だがどこにも声の主らしき者はいない。
……気のせいか?
「グウウウウッ」
また聞こえた。しかも先程よりも明確に。だがこの響きは動物の特徴的なそれではなく、人が動物の真似をして発してるようなそんな声だ。いったいどこに……。
「ウウウウッ」
「……」
俺はその声の正体を見て思わず絶句した。それは俺が立っている場所から程近い樹の側面にぶら下がっていた。……うん、気づかないはずだ。まさかそんなところにいるとは思わなかった。まったく、猿とかみたいな木の上で過ごす動物を除いて『生物なら地面にいる』のが当たり前だと思って上を見ないなんて俺もまだまだ未熟だな……って違うそうじゃない 。
声の主であろうその者は、見間違えるはずもない、人間の少女だった。肩までかかるほどの黒髪。この炎天下の中過ごして焼けたであろう小麦色の肌。幼さの残った顔つきながらも力強い瞳だ。
……そして半裸だった。歴史の教科書に載ってる原始人が身に纏っているようなボロボロの布を巻いていた。左手で枝を掴み、右手にはこれまた資料で見たことある様な石斧。どこからどう見ても現代人からかけ離れた様相である。
……幸い、女の子らしく腰と胸には布を着ていて安心した。とはいえ、相手の位置が高い上に、布がボロいせいでパタパタと揺れて中が見えそうである。見た目から推察するに、俺よりは二、三程年下なんだろうが、異性との触れ合い0%の俺には布面積が水着と大して変わらない今の姿でも刺激が強すぎる。
その結果、俺は目の前の少女から視線を半ば逸らしながら、
「いやぁ、ここまでド田舎になると野生の少女がいるもんなんだなぁ。さすがド田舎」
と現実逃避を決め込み、『運命の出会い』について考えるのであった。
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