13
麗は仁の方に向き、リンを指し示した。
「仁はリンの方の指導して。メニューは虎の巻にあるし、本人も予習してきてるみたいだから」
言えば、仁はピュウ、と口笛を吹く。
「鬼スケジュールが見えるな」
そんなことを言いつつどこか楽しそうなのは、香とリンの気のせいだろうか。
一方で麗は、そんなことは全く気にも留めない。
「日野香」
「はひっ!?」
また突然に声をかけられ、香は声を裏返らせる。
「アンタは僕が教えてやるから。言っとくけど、優しくはないよ」
「! マジか……!」
淡々と、麗が言った言葉に、一番驚いた様子を見せたのは仁だった。
香もリンも、その意味は知らない。ただ香の方からしてみれば、自分から言い出したくせに、と思うだけで。
だがその後の仁は、それまでで一番嬉しそうに破顔した。
「頼んだぜ、麗!」
筋肉質の太い腕を麗のか細い首に絡め、嬉々とした声を上げる。
一時迷惑そうな表情を見せた麗だったが、彼を振りほどく様子はなく。リンも、微笑ましげにその様子を見た。
「さぁて、じゃあ早速、練習すっか!」
「ん。ヨロシク頼むアル、ジン!」
「アンタは明日からね、香」
すっかり意気投合した様子のリンとは裏腹に、香の心はどんどん沈んでいく。
自分もこの部に入るのは決定されてしまったのだろうか。音楽は嫌いだと言ったのに。
確かに、言ったのに。
「よろしくな、香!」
麗から離れた仁は、香の背をバシバシと音がするほど叩いた。
痛みのあまり、香は涙目になって仁に目を向ける。が、当の本人は気づいていない様子で笑うばかりだった。
ふぅ、と息を吐き出しながら、暑いのか麗は薄いファイルを取り出してぱたぱたと自分を仰ぐ。そしてそのままとどめとばかり、低い声を出した。
「来なかったらぶっ飛ばすんだし」
拒否権は、そこには存在しない。
何かを言いかけたリンに気付くことも無く、彼女が口を開く前に香は軽く頭を下げ、鞄を取って逃げるように部室を出た。
その時に香が落とした紙を、仁は拾い上げる。
呼び止めようと教室を出たが、既に香の姿は見えなくなっていた。
「……随分強引アルな」
戻って来た仁と、その場から微動だにしていない麗を交互に見て、リンは顔を顰めて言う。
子供というのは恐ろしいものだ、と。自分の欲求に正直で、他人の迷惑を顧みない時がある。
「アイツには……」
「え?」
ポツリ、と麗が呟いた言葉は、リンの耳にも届いていた。
「多分だけど、強引なくらいでしなきゃいけない気がすんだし」
静かに、だがはっきりと紡がれた言葉の意味は、リンにも仁にも分からない。仁にとっては麗が強引なのなんていつものことで、自分が強引にことを運ぼうとするのも少なからず彼の影響があるのを自覚している。
分からないが、麗が言うならそうなのだ、と仁は思った。
反面、リンはそれで良いのかと悩む。
他人のことなんて、簡単に分かるものでは無い。まして今日初めて逢った人物だというのに、その対応までもこんなにあっさり決めてしまって良いものなのだろうか。
カサリ、と仁の手の中で、香が落とした紙が小さく音を立てた。
全国高校模試の結果。満点で一位の麗と同点一位の別の知り合いに次ぎ、四位の仁にかなりの差をおいての三位。
視線を少し落としてそれを見た仁は、くしゃりと髪を乱した。
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