12
考え込んでしまったリンの隣で、麗は大した反応は見せなかった。
「一年A組、八千草麗。アンタ、仁に目ぇ付けられたのは災難だったんだし」
「あっ、い、一年B組、日野香ですっ」
幼さの残る顔立ちとは裏腹な低い声で麗に言われ、慌てた様子で香は短い自己紹介を返す。
二人の様子に、リンも「あっ」と声を上げた。
黒板の方へ向かい、チョークで『陳 玲』と書く。
「ワタシは専攻科一年のリン。こう書いてチェ・リン、って読むアル! ヨロシク」
感心したような仁も、そこで口を開いた。
「へぇー、そんな字だったんだ。あ、俺は三年A組の成宮仁。クラス幹事、生徒会長、軽音部部長を兼任してる。っつっても生徒会の仕事はイベント事の時以外はそんな無いし、部活もほぼ麗が仕切ってるから俺のは名ばかりだけどな」
「そもそも部員が一昨日まで僕と仁の二人だったし」
「な。リンが入ってくれて良かった」
部、とは名乗っているが、今は人数不足で同好会扱いだ。以前はもっと人数の居るちゃんとした部活だったのだが、卒業や各々の事情で二人になっていた。
二人の仲良さげなやり取りが香の目に突き刺さり、すっと目を伏せる。
羨ましい。妬ましい。
「っ……」
(違う、こんなの。こんなの、僕が思うはずない)
だって自分には、いつだって母だけだった。それで良いと思っていた。
皆で集まって談笑するクラスメイトを見ても、影が薄すぎて忘れられ、修学旅行などでどこの班にも入れてもらえなかった時だって、こんな感情を抱いたことは無かったのに。
『独り』には慣れているはずなのに。
「とにかく、まずは一回聴かせてよ、アンタの歌。話はそっからだし」
考え事をしていた香の耳に、突然自分に向けられた言葉が届き、「えっ!」と声がひっくり返る。
「そんなに驚くこと?」と怪訝な顔を向けられ、小さく縮こまり、その場の全員が自分を見ていることから拒否権など無いことを察して、香は観念して口を開いた。
「じゃあ、えっと……ドットちゃんの、『夏の空』を……」
先程歌っていたのは仁も言った通り麗の歌なのだが、まさか本人が目の前に居てそんなものを歌えるはずもない。
不安しかない感情を胸に押し込んで、香はすっと息を吸った。
が。
「ゲロ……。もういいよ、アンタ下手すぎ。論外だし」
曲の導入部で、表情を歪めた麗が吐き捨てるように止める。
当の香も、「そうだろうな」と思いつつ口を閉ざした。
こんな低レベルでは、教えるなんて言えないだろう。そう思って。
「あいっ変わらず辛辣だな~、麗」
何とも言えない表情でリンが黙っている中、仁はカラカラと笑う。
そこは「そんな言い方無いだろ」と止めるとこだろう、とも思ったが、リンも確かに下手だと思ってしまったこともあり、自分が口出すことでは無いかと言葉を飲み込んだ。
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