10

 放課後、香は『いつもの二十分』の為に屋上に出ていた。

 あんなに冷たいあしらい方をしたのだ。流石に諦めただろう。

 鞄の中からミュージックプレイヤーを出し、イヤホンを付けては耳にはめる。

 耳から伝わってくる心地よい振動に目を閉じ、全身に風を感じながら、香は小さくメロディーを口ずさんだ。

 好きな歌の、好きな部分。




  世界の果てに 僕は居る

  目に映るのは 全てが絶望

  泣き喚くのは 始めだけ

  そのうち全てを 諦めた


  if...

  この世界が 地獄だとするなら

  僕の周りの 誰もが悪魔なのだろう

  それはきっと僕も同じで

  世界の色に 僕は染まってく...




「お、麗の歌」

「っ!?」

 イヤホンの音よりも大きな音で、突然耳に入ってきた声に、香は驚いて振り返った。

 そこに仁の姿を認め、ゆっくりとイヤホンを外す。

 彼は、今まで香の真後ろだった場所に立っていた。

「やっぱ俺は、アンタが欲しい。一回で良い。とりあえず俺と来てくれねぇか」

 やたらと自信に満ちたやや強引な言い方で、仁はニッと笑って言う。

 その理由も分からない自信に一瞬呆然として、それから彼の言葉に目を伏せた。

 そんなに強く勧誘されたところで、少なくとも音楽の世界には絶対に入りたくない。

「……先輩と僕とじゃ、住む世界が違うんです」

 昼と同じ。小さく、小さく。消え入りそうな声で香は言った。

「そうかぁ? 育ちや立場のこと言ってんなら、そんなんは関係ねぇと思うぜ。音楽ってのは、世界が共有できる快楽の一つだ。世界が違うってんなら、その世界さえ越えて音楽を広げりゃいい」

「でもその音楽で絶望を見る人が存在してるのも確かです。僕は、音楽だけはやらない」

 完全なる全否定。全く耳を貸そうともしない。

 だがそれらの言葉は『仁』を否定しているものではなく、『音楽そのもの』を否定している言葉にしか聞こえない。いや、実際そうなのだ。

 音楽という広い世界を、自分とは完全に分けて見ている。

「音楽が好きな人の前で失礼だとは思いますけど、僕は嫌いなんで……」

「――うるせぇ」

 ついに、仁の声が低くなる。凄みのある声に、香は肩をびくりと震わせた。

 恐る恐る顔を上げると、僅かに滲む苛立ちを含んだ表情。

「来い」

 一言。

 ただその一言を発した仁の迫力に、香は負けた。

 また蚊の鳴くような声で「はい」とだけ返し、その途端にしっかりと掴まれた腕を意識しながら促されるままに立ち上がる。

 そして屋上を出て、腕を引かれるままに校内を歩いていった。

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