08
居候先に間借りしている自室に戻るなり今日麗に手渡された紙の束を見て、リンは感嘆の息を吐いた。
「〔たいしたものだ〕」
それはリン用に作られた指導用の教科書のようなものだったが、麗の手書きのようだった。
素人だと言ったからか、音符の読み方から始まって分かりやすく作られている。
全て日本語での表記ではあったが、日本語ならほぼほぼ理解している自信もあるリンにしてみればそこはさしたる問題にはならない。
「〔とりあえずまずは内容を頭に叩き込むか。実践はそれから……っと、確かこの家、ピアノがあったな〕」
実践練習が始まったらピアノを借りて練習でもするか。
考えつつ、そうだ、と思い至ったことがあった。
ばっと立ち上がり部屋を出ると、なるべく足音がうるさくならないように木造の廊下を駆けていく。
一室の前で立ち止まると、襖を軽くノックした。
「タクム~」
「はい? どうしました、リン?」
返事とともに部屋から顔を出したのは、一人の少年。
彼はこの家の一人息子であり、アイドルグループ『ラ・クラール』のメンバーの一人である
「ちょっと教えて欲しいアル」
麗が作った教本を顔の前に掲げ、リンはニッと歯を見せて笑う。
教本を手に取った拓夢は、それをパラパラとめくっては「わぁ」と表情を緩めた。
「これ作った人、すごいですね! っていうかリン、音楽やるんですか?」
キラキラとした目で教本とリンを交互に見ては、拓夢は可愛らしい笑みを浮かべる。犬の耳と、ぶんぶんと千切れんばかりに振られる尻尾の幻さえ見えるような笑みだ。
「昨日ちょっとしたキッカケがあって、軽音部に入ることになったアル。とはいえワタシ、音楽に関しては全くのド素人アルからな……少しでも予習しとこうと思って」
「予習って……リンらしいですね。でも、軽音かぁ」
少し自分の分野とは違うな、と拓夢は顎に手を添える。
「基礎的な部分なら教えられると思うんですけど……。それにリンは、確か相対音感も良いし」
呟きに、リンが小首を傾げた。
ソウタイオンカン――聞いたことの無い言葉だ。
「ああ、ええと……絶対音感は分かります?」
「何となく。正確には分からねーアル」
雰囲気的に、『絶対音感』という言葉は聞いたことがあるがどういう意味かと問われれば説明はできない。
そのリンの言葉を聞いて、拓夢はひとつ頷く。
「そうですね、絶対音感は、音を聞いたときに、その音の高さを記憶に基づいて絶対的に認識する能力、なんですけど、まあ簡単に言えば『聞いた音を即座にドレミに変換できる能力』ですかね。
それから、相対音感っていうのは、基準となる音との相対的な音程によって音の高さを識別する能力です。これも簡単に言うなら『直前に聞いた音に対して次の音が高いか低いかが判別できる能力』で、大抵誰でも持ってはいるんですけど、歌の上手い人は特にこの能力が優れてるってことになりますね」
なるほど、これで合点がいった。
リンも頷き、にこりと笑ってみせる。
「じゃあとりあえず、こんな感じで教えていきましょうか。立ち話もなんですし、僕の部屋へどうぞ」
微笑んで言い、拓夢は自室への襖を大きく開いた。
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