06
――『昨日の放課後、屋上に居た奴は居るか?』
あんな言葉を受けて、素直に今日も放課後に屋上に、なんてことはしない。
通学路から少し外れた道の端にある河川敷で『いつもの二十分』を潰してから、香は家へと帰った。
母にいわれ、中間テストの結果を差し出す。
掲示板に掲げられたものとは違い、プリントには自分の得点と順位のみが表示されていた。
それを見るなり、母は眉尻を下げ片手にプリントを持ったままもう一方の手を頬に添える。
「やだ、香ったら、二位? 中学までは一位しか取ったことなかったじゃない」
この間の全国模試だって一位じゃなかったのに。
口にしない言葉までが聴こえてきた気がして香は俯いた。
「ごめんなさい。次はきっともっと頑張るから」
だめだ。母を不安にさせちゃいけない。
「そうね……満点近くは取ってるし、次に期待しようかな」
「うん」
微笑む母の表情に安心感を覚え、香はほっと息を吐いた。
その後また短く言葉を交わしてから、宿題をするため香は二階の自室へと上がる。
香にとって、母は絶対の存在だ。だから、今度こそ、絶対に。一位を取らなければ。
いつものように着替えて教科書とノートを出し、机に向かう。
途中、香はふと、手を止めた。
「そういえば、生徒会長が言ってたのって、やっぱり僕だよね。何の用だったんだろう」
――『昨日の放課後、屋上に居た奴は居るか?』
昨日の放課後。屋上。
屋上で、香は……歌っていた。
あんな下手な歌を聴いたとでも言うのか。軽音部の部長という、明らかに音感を持っていそうな人に聴かれてしまったのか。
聴いて彼は、何を思ったと言うのか。音痴のくせに歌うなと、文句を言われるのだろうか。
「…………」
考えて、深いため息をつく。
「……いいや。音楽のことなら、僕には関係ないし」
そう、関係ない。
音痴だし、勉強に集中しなければいけないし、それに何より、
「僕、音楽なんて嫌いだし」
吐き出すように呟いて、香はまた手を動かし始めた。
宿題を終わらせ、夕食も食べ終えた後、香は再度部屋へと戻る。
カバンからノートパソコンを出し、机の上に開いて椅子に座り。電源を入れるとメールが来ていることに気付いた。
送信者は『JIN』。昼間に楽譜を公開していたホームページのオーナーだ。
早速メールを開いてみる。
『楽譜の誤りについての指摘をありがとうございました。さっそく直させていただきました。
俺は、
「郷桜高…………」
それは、香が通っている、まさにその高校だ。その、軽音部部長。
「JINさんって、生徒会長……?」
そこまできて、ようやく繋がった。生徒会長の名前は、成宮仁。
仁――ジン――JIN。何も飾り立てていない、そのままの名前だ。
そこまで分かって、下手な返信をするわけにはいかない。同じ学校の生徒だとバレると、もしかすると屋上で歌っていた生徒と同一人物だともバレる可能性がある。そうなると何を言われるか。
『じんそくな対応をありがとうございます。それと、申し訳ありませんが、勧誘の件はお断りさせていただきます。』
それだけを打ち込み、香はメールを閉じた。
一度窓の方に視線を向け、かといって窓を見るでも空が真っ暗になっているこの時間に外の景色が見えるわけでもなく、ただ遠くを見つめ、ほんの僅か後、ゆっくりとパソコンに視線を戻す。
それから、当初の目的であった高校模試の過去問を公開しているサイトを開いた。
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