第8話 俺と世話焼き聖和の物語


 翌日、学校で聖和を待ち受けて、動物園のことを聞いてもらった。場所は5組。聖和のクラスだ。誰の席かは知らないが横の席に座り、いかに大変だったかを聞いてもらった。佐藤のことは伏せている。



「やっはり午後からでも行けばよかったな」

「聖和がいても俺のやることに変わりないんだ。どちらにせよ疲れたんだろうから気にすんな」

「まあそうだろうが、相手がひとりならまだしも、ふたりなんだからこっちもふたりいたほうが楽じゃないか」

「ふむ……」



 そういわれればそうだな。まだ雫はおとなしかったが、邦志は勝手気ままに走り回っていた。


 そうなんだよ。佐藤は俺が邦志を追いかけて捕まえる間、雫の面倒を見てくれていたんだよな。帰るときに楽しかったとはいってはくれたが、とんでもない迷惑をかけていたらしいと今さらながら気づいてしまった。



「ちゃんと礼をいっとかないとな」

「僕にか? 別に今さらだろ」


 聖和がとぼけたことをいった。


「おまえじゃねえよ」



 時計を見て、立ち上がった。そろそろ始業時間だ。聖和が首をかしげていたが無視だ。



「じゃあな」

「あ、ああ。また昼に行く」



 あいよ、と手を挙げて応じて、教室を出た。出るときに後方から女子の好奇に染まった声がした。



「赤羽くんたち、なんだか朝からディープな会話してたね」

「ほんとほんと。ベテラン夫婦って感じの会話だったよ」



 そんな声の数々に、聖和は「せめて家庭的な会話といってくれ」と答えていた。大変そうだなとは思うが、羨ましいとは微塵も思わない。あいつには本当に世話になっているから、いい人と付き合って幸せになって欲しいと願うばかりだ。


 自分の教室に戻り佐藤を探した。改めて礼をいっておこうと思ったのだが、友達らしき2人とトーク中だった。


 ふと佐藤と目が合った。邪魔をしちゃ悪い。軽く手を挙げて自分の席に向かった。


 正樹が「世話焼き聖和とデートか」と茶化してきた。ほかのやつがいえば厭味に聞こえることも、こいつがいうとまったく厭味に聞こえないから不思議だ。昔からそうだった。正樹だけは何をいっても許されるというところがあった。ただ、この口の軽さはどうにかならんものかと思わなくはない。


 言い返してやろうと思ったとき野獣先生が入ってきた。いつもと変わらずお美しい。見た目だけは……。



「ホームルーム始めるわよ」



 いつもの日常が幕を開けた━━先生の声を聞いてそう感じた。先生は今後の日程について話している。


 ゴールデンウィークが明ければ中間テストがある。その一週間前からクラブ活動は休みになるらしいが、帰宅部の俺には関係ない。


 ゴールデンウィークに開催される予定だった聖和家との合同旅行の話は消えている。聖和の妹の百合がバスケ部なのだが、試合があるらしいのだ。俺にとってはもっけの幸い、しかし百合がご立腹だと聖和がいっていた。まあ、どうせ行く気はなかったからどうでもいいことではある。


 尾堂先生の話しを適当に聞き流しつつ、机から教科書とノートを取り出した。シャーペンと消しゴムを準備して待機する。先生が退室するのを見届けて勉強を開始した。


 学校は、俺にとって学ぶ場でしかない。その他一切はどうでもいい。


 やるべし・書くべし・続けるべし━━。家でできないことを学校でやる。ずっとそうしてきた。できれば体育の授業も休んで勉強をしてしたい。そして国立大学に行く。むろん自宅から通える地元の大学だ。浪人なんてやっている暇はない。一発勝負だ。


 が、今は地道に進むしかない。


 もうノートも何冊目だろうか。千冊は軽く超えているだろう。俺の部屋に蓄積されたノートもいい加減に片づけないといけないが、全部後回しだ。


 やるべし、書くべし━━。周囲の騒音をシャットアウトして黙々と書き続けた。横に人の気配を感じた。佐藤が前屈みで俺のノートを覗き込んでいた。



「佐藤さん、おはよう。昨日は本当にありがとな。疲れてるんじゃないか」

「ううん。平気だよ?」


 佐藤は上体を起こしながらいった。


「本当に楽しかったから」

「そっか。そういってもらえると安心する。でもほんと、俺、全然佐藤さんのこと考えてなかったなあって思ってさ。ごめん」

「……それは赤羽くんかな?」


 佐藤が真顔でいった。真剣な眼差しで俺の目を見ている。


「何の話だ?」

「そんなことを黒尾くんに吹き込んだ人って、赤羽くんだよね?」

「吹き込むって……」


 思わず苦笑してしまった。


「人聞きの悪いことをいうなよ。あいつには佐藤さんのことは話してないぞ」

「そうなの? どうして?」

「だって……いや、まあいいか」



 軽く周りを見回して、ここでいうべきではないと思った。ただアドバイスだけはしておこう。ただし佐藤にだけいったら変な誤解を招きそうだから、少しだけ声を強めようか。



「聖和はまだ彼女を作るとかそういうことは考えていないみたいだから、注意したほうがいい」



 案の定というべきか。女子たちが愕然とした顔をした。その中のひとりがえらく真剣な顔をした。



「やっぱり黒尾くんと赤羽くんって」


 そっちかよ。そういえば、すっかり噂のことを忘れていた。


「違うぞ」



 立ち上がってあたりを見回した。正樹が腹を抱えて笑っている。

 正樹は後から抹殺するとして、まずは誤解を解くのが先決だ。



「俺と聖和は従兄弟いとこだ。血のつながった兄弟みたいなものだ。それだけの関係で、それ以上の関係ではない。断じてない」



 一瞬教室が静まり、ドッと沸いた。その騒ぎを聞きつけたのか窓という窓が人で埋まった。主に女子だ。

 今にも質問が飛んできそうだ。手を挙げて待ったをかけた。



「詳細が知りたければ聖和か……」


 正樹を見やり、にやりと笑い、周囲に目をやった。


「おまえらをめたやつらに訊け。このクラスにも一人いるぞ」

「お、おい、じん


 正樹が焦ったように立ち上がり、すがりついてきた。


「そんなこというなよ。俺たち友だちだろ」

「友達だからだ。正樹、おまえは俺の友達だ。もはや親友といってもいい。だから俺と聖和のことはすべてこいつに聞いて欲しい」


 正樹一人に丸投げして、着席した。


「くそ。このやろう」



 正樹が逃げ出そうと後ろに向かって走っていった。


 憐れな子羊が一匹。後ろで囲まれている。いく数多あまたの女子に囲まれて羨ましい限りだ。まあ女子が逃がんさんとばかりに鬼気迫る雰囲気をにじませて質問を畳みかているせいで正樹の顔が引きつっているが、自業自得ということで少し胸が晴れた。


 佐藤がその集団を見つめておかしそうに笑った。



「ひどいことするね」

「まったくだ」



 うんうんと同意したら「黒尾くんが、だよ?」と佐藤が意味のとおらないことをいってきた。



「俺が? いやいや、ひどいのは正樹だろ?」

「ううん、黒尾くんだよ。黒尾くんがめるなんていうからみんな勘違いしちゃってるんだよ?」

「…………」



 なんだろう。佐藤の『はめる』という言葉に卑猥さを感じた。なんてことのない普通の言葉なのに、野獣先生にリビングで襲われたときのことがフラッシュバックして、無性に恥ずかしくなった。


 そうだ。あれからおかしくなったんだ。タガが外れたというか、隙間が生まれというか……。佐藤を家にあげるとか俺らしからぬ行動もあそこから始まったように思う。つまり、犯人は野獣先生だ。


 許すまじ、尾堂華恋びどうかれん



「あいつは自業自得だ。それよりいいのか」



 ホームルーム前に佐藤とおしゃべりしていた2人がこちらを見ている。そのうちの片方の名前は知らない。顔もおぼろげにしか覚えていない。


 だがもうひとりのほうは結構な有名人だ。


 一部の熱狂的な女子からは姐さんと呼ばれており、男子から女ヤンキーと揶揄されている。そんな人気者の川瀬弘美に、入学初日から俺は目をつけていた。


 性格は男勝り。口調も男勝り。そんな彼女の周囲に男の影はない。

 まあそんなことはどうでもいいのだ。俺が興味を持っているのは川瀬自身ではない。興味があるのは、その髪の毛だ。光沢のあるストレートの長い髪に非常な興味がある。


 丹念に櫛を通されているその髪の毛は、川瀬が歩くたびにシャンシャンとバネのように跳ねて、束になった髪に反射した光は、髪の動きに合わせて変化する。その様はさながら、海中に差し込んだ太陽の光を浴びた小魚の群れをほうふつとさせる。


 川瀬が動くたびに、つい目が行ってしまうのだ。もう彼女に首ったけといっていい。

 さぞや手触りがよかろうと思うのだが、まだお近づきになれていない。早いところ手入れの仕方を聞き出して、あわよくばあの髪で練習をさせてもらいたいところなのに、接点がなくて、まだ話す機会も持てていない。


 彼女たちは佐藤を待っているのだろう。それとなく視線で佐藤に合図を送った。



「そうだね」


 佐藤が振り返り、小声でいった。


「じゃあね、黒尾くん」

「おう。昨日は本当にありがとな」

「うん」



 佐藤が離れていく。少し心が寒くなった気がした。

 まあいい。では、と気合を入れてシャーペンを持った。

 やるべし、やるべし。雑念を払うべし━━。一心不乱に教科書を写した。






 午前中の授業を終えて弁当の準備をしているときに聖和が自分の弁当を抱えてやってきた。なんだか疲れている。



「どうした?」



尋ねると、聖和がため息をつきながら弁当を俺の机に置き、向かいの椅子を持ち、こちらに向きを変えて座った。



「あれだ。例の件」



 いったいどれのことだ。俺と聖和が付き合ってるとかいないとかって話か。それとも野獣先生のお見合いの件か。目で訴えていたら視線に気づいたのか聖和が顔を上げた。にわかに目つきが険しくなった。



「そういえば、やってくれたな」


 責めるような口調だった。


「何のことだ」

「とぼけるな。僕と仁が従兄弟だと公言したそうじゃないか。しかも話が聞きたかったら僕に訊けともいったらしいな」

「そんなこともあったかもな」



 弁当箱を広げて、いただきますをした。

 今日のおかずは、佐藤が作っておいてくれたきんぴらごぼうと、商店街でもらった漬物などの盛り合わせだ。


 佐藤の料理は文句なくおいしい。きっと、いい奥さんになるだろうと予想している。


 もっとも俺も負けてはいないけど。いや、総合的には俺が勝っている。ただお菓子作りができないから、子ども受けというところは佐藤に一歩譲らざるをえないが、あくまでも今だけだ。そのうちに菓子作りでも佐藤を追い越すつもりだ。


 聖和が大げさに吐息をつき、弁当の包みをほどいた。



「まあ今度だけは許そう」

「そりゃどうも。で、その話でないとしたら、本題はあっちの件か」

「そっちだ。あっさり断られた」

「……だろうな」



 俺の見たところ、野獣先生は生徒の持ってきた縁談に飛びつくほどプライドの低い人ではない。


 なんといってもまだ24歳だ。世間一般の彼女と同年代の女性がどうかはしらないが、先生が何が何でも結婚したいと願っているようには見えなかった。それにあの美貌だ。焦らずとも勝手に男が寄ってくるだろう。がっつきさえしなければ、より取り見取りだ。


 最大の問題はあの内面だな。ダメな男が好きとか、どれだけ世界を救う気だよと思わないでもない。ただ、そこに俺をいれてしまっているところが、どうもしっくりこない。



「なあ、俺ってそんなにダメなやつに見えるか」


 軽い気持ちで訊いたら聖和が箸を止めて、やけに真剣に目をみつめてきた。


「いってもいいのか」

「お、おう。ずばりといってくれ」

「……わかった」



 そういって聖和は箸をおいた。なんとなくおごそかなもの感じて、俺まで箸をおいて姿勢を正してしまった。



「仁はここまで本当によく耐えた。どこで投げ出してもおかしくなかったのに、正面から向かい合って乗り越えてきた。正直見ていただけなのに僕は耐えられなかった……あのときだっておまえを置いて逃げてしまった」

「おまえだって俺と同じ立場だったらやってるさ」

「僕はそうは思わない」

「まあ結局のところ俺は当事者だったからな。それに俺以外にいなかった。俺には逃げ場なんかなかったんだよ。だったらやるしかない。そうだろ?」

「そうはいうが、大人でも大変なことをおまえは━━」

「いうな。思い出したくない」

「あ、ああ。すまない」



 しんみりした雰囲気を打破するために箸を取った。きんぴらごぼうをつまんで、食ってみろと差し出した。


 聖和がきんぴらごぼうを見つめて、口を開けようとしたところでピタリと動きを止めた。



「どうした。味をみてみろって」

「いや、そのことなんだが……周りを見てみろ」



 うっかり家にいる感覚でやってしまったが、ここは学校だった。急激に視界が広がっていき、血の気が引いた。


 感情のこもった眼差しがあらゆる方向から突き刺さっている。なぜか嫉妬の視線の中にピンク色の視線が混ざってやがる。まったくの謎だ。


 咳払いして、摘まんでいたきんぴらごぼうは自分で処理した。代わりに弁当箱ごと聖和のほうに進めた。


 聖和が自分の箸できんぴらごぼうを摘まんだ。軽く目を閉じて味わうように咀嚼した。堪能した後で目を開けた。



「微妙に甘みが強い。これは仁の作ったものではないな」

「正解だ。でもうまいだろ」



 聖和は頷いて答えた。


「これは雫が好みそうな味だな」

「……おまえはどんな味覚してんだよ。実際にそうだから余計悔しい」

「やはりか」

「ああ。俺が作ったやつは普通に食べる程度なのに対して、これには目の色を変えていた。だが邦志は俺の作ったきんぴらごぼうのほうが好きだ。こっちのほうにはあまり興味がないらしいぞ」

「そこで張り合うな」



 聖和がもうひと口食べて、おふくろの味だな、と俺とまったく同じ感想を口にした。



「そうなんだよ。これはおふくろの味だ」


 きんぴらごぼうを箸で掴み、やるせない気持ちでそれを見つめた。


「本当はさ、あいつらにはこういうのを食べさせてやりたいんだよ。でも俺には絶対出せない味だ。どう頑張ってもこの味が出せる気がしない。そもそもの話、俺はおふくろの味ってのを知らないからな。だからどんなに頑張ってもダメなのかなって思うとさ、やっぱショックなんだよ……。まあ、それでも何とかしてみせるがな」



 人間やってできないことはない。きっと何か方法がある。そのことは誰よりも俺がわかっていることだ。


 こんなキンピラなんぞ、すぐに追い越してやる。気合を入れてきんぴらごぼうを口に放り込んだ。と、そのときだった。


「そういうところだ」と聖和がいった。顔を上げたら俺の鼻先に箸を向けてきた。



「客観的に見て、おまえは十分すぎることをやっている。それなのにまだ追いかける。限界までやっているのに、さらに上を目指す。おまえ自身もそのことに気づいているのに、まだ求める。そのくせ助けは求めない。おまえを見ていると時々無性に殴りたくなる」

「なんだよ、突然」


 咀嚼しながら抗議した。


「おまえのダメなところだ。放っておいたらおまえはぶっ倒れるまでやる。いや、倒れてもやるだろう。そして何をいっても耳を貸さない。意地を張る。ひとりで何人の役をこなすつもりだ。おまえは親じゃない。兄だ。できることをできる範囲でやればいいんだ」

「わかってるって」

「ならば僕を頼れ。うちの家族を頼れ。両親はおまえが頼ってくるのを待ってるんだ。ほかの人も同じだ」

「ちょっと待てって」

「待たん。なあ、仁。そろそろうちに来ないか。もういいだろ?」

「……おまえ、いってて恥ずかしくないのか」


 聖和が箸をひっこめて眉をひそめた。


「僕は真面目に話してるんだ」

「それはわかるが、おまえこそ周りを見るべきだと思う」



 教えつつ周りを見ないように弁当を手元に引き寄せて、ほそぼそと食べた。正樹が弁当組だったら面倒のすべて押しつけてやるのだが、あいつは食堂組で教室にいない。


 聖和が息を呑んだのがわかった。途端に周囲から黄色い悲鳴が上がった。そこに一部の男子が混ざっているような気がしないでもないのだが、気にしたら負けだと思う。


 くっ、と聖和が屈辱にまみれたうめき声を上げた。すぐに回りが見えなくなるのはこいつの悪い癖だ。



「おまえのせいだ」

「人のせいにすんな」



 小声で悪態をつきながらさっさと弁当を平らげて、中庭に逃げた。


 熱線は夏に近づきつつあるらしい。光は暑いが風はまだ冷たい。シートを敷いて食事を楽しんでいる者たちが大勢いる。女子だけのグループもあれば、カップルもちらほら見える。


 周囲に人のいない場所に向かい、芝の上に寝転がった。



「それで、先生の件はどうする」


 聖和が横に腰を落として訊いてきた。


「今のところ手の打ちようがないよな。利樹さんと引き合わせるのが先かもしれないな」

「といっても、まさか市役所に先生を連れて行くわけにもいかないし、仮に連れて行けたとしても働いてる時の利樹さんは別人だからな」

「だよな」



 普段はぐーたらでどうしよもない人だが、利樹さんは仕事だけはできる。よく浮気された女性が市役所に殴りこまないものだと感心するが、本人がいうには、殴りこもうと思うだけの深い仲にはなっていないとのことだった。


 ようするに、少子高齢化で国会議員が頭を悩ましている昨今にあって、地方公務員たる利樹さんはそんなこと知ったことかとばかりに、28歳にして雄としての役割を放棄しているということだ。あの人にこそ、超肉食獣たる野獣先生が必要なのだが、利樹さんは究極の出不精だし、かといって野獣先生を利樹さんの自宅に誘う理由がない。



「お手上げだ」


 聖和は諦めたようにいい、横に寝転がった。


「自分が子供なのが悩ましいな」

「そんなこと……今に始まったことじゃないだろ」



 俺は何度も味わった。今回のようなケースだけではない。未成年という理由で法的に不可能といわれたことがある。その法律のせいで、節子さんに頭を下げてきた。いろんな条件を課されて、俺は今高校に通っている。早く成人になりたいものだと心の奥底から思う。

 野獣先生のことはいったんお預けして、昼休みをのんびりと過ごした。







 午後の授業を乗り越えれば、再び主婦業に戻る。


 うちの高校では自転車通学は家から4キロ以上離れている生徒に限られているが、俺は特別に許可を受けている。自転車で保育園に直行して邦志ほうしを回収し、家に帰るとだいたい聖和がおり、先に帰宅していた雫の勉強を見てくれている。今日もまたそうで邦志を聖和に託して晩飯の準備をする。


 聖和がいないときは俺が聖和の役を掛け持ちしているが、よほどの用事がない限り聖和はいる。晩飯を食べて帰るときもあれば、食べずに帰ることもあるし、泊まっていくときもある。それがうちの日常だ……った。


 ドアホンが鳴ったときに警戒すべきだったのだ。新聞の勧誘かと思い、冷たくあしらってもらおうと聖和に出てもらったのが悪かった。ちょっとは疑うべきだったのだ。聖和はリビングに備え付けてあるドアホンカメラの前に立ち、しばし立ち尽くした後でゆっくりと振り返った。



「仁、おまえのクラスの女子が来たみたいだが……」


聖和が感情を抑えた声で続けた。


「そういう関係なのか?」

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