6.虫がよすぎる
翌朝、雨音で目を覚ました。外を見ると、ボタボタと大きな雨粒が振って、アスファルトの窪みに水たまりを作っていた。朝なのに灰色の空から今日は一日中降り続けそうだなと思った。
身支度を済ませていると鏡に映る自分の目元にこびりついていたあの大きなクマは消えていた。昨夜、柚華を家まで送ると俺は疲れがどっと出て倒れるように眠った。熟睡だった。そのおかげで体の疲れは取れたんだろう。でも、胸の中にモヤモヤが残っていてスッキリしていない。そのモヤモヤの理由がよくわからなかった。
今日は自転車じゃ行けないな。玄関からビニール傘を取って外に出た。
家の前にオレンジ色の傘が見えた。その中からぎこちない笑みした柚華が顔を覗かせた。
「お、おはよう」
「……おう」
そして、そのままふたりで学校に行くことになった。
柚華と一緒に学校に行くのはいつぶりだろうか。
隣り合う二つの傘がときどき擦れ合う。その度に距離を少しだけ離した。歩くたびに俺の歩調が柚華より早くて先に進んでしまう。昔なら気にせずにできたのに、久しぶりすぎて柚華との距離感が、歩調が上手く合わせられない。
最初はお互い何も話さなかったが、柚華は大きなため息をひとつ吐いて話し始めた。
「あのね。昨日の夜、彼氏と別れた」
不思議と明るい口調でそう言った柚華は、穏やかな笑みを顔に貼り付けていた。カラ元気を出しているみたいで息苦しかった。
いや、違うな。おそらく柚華のせいじゃなくて、俺の気持ちのせいだ。
「そっか」
「もう、なんでりょー君が悲しそうなの。別にあんたが別れたわけじゃないじゃん」
「そうだけどさ」
違うんだよ。悲しいわけじゃない。むしろ、俺は心のどこかで柚華が彼氏と別れたことを喜んでいるのだ。幼馴染の不幸で喜んでいる。そんな自分が嫌味でいやらしくて気持ち悪かった。
「あーあ! 別れて正解だった」
どんよりとした空模様で柚華が晴れやかに言う。
「今までが嘘みたいにぐっすり眠れたよ。これからはりょー君のとこにも行かなくても平気そう。いろいろとありがとね」
柚華がこっちを見て小さく口角を上げて微笑む。その表情がたとえ無理をしているとしてもかわいくて仕方がなかった。
もし、俺に勇気があったら。素直に自分の気持ちを柚華に言えたなら――
「あのさ……別に俺のこともっと頼ってくれてもいいんだぞ……俺、お前のこと嫌いじゃないし」
「えっ? 何って言ったの?」
「なんでもねーよ。忘れてくれ」
ダメだな。人の不幸につけ込むなんて虫がよすぎる。ルール違反だと思うし、このタイミングで言ってもきっと柚華は喜ばない。
柚華が首をかしげてこっちを見る。
もし俺が告白すれば、柚華はきっと驚くだろうな。
そんな事を思って俺は苦笑した。
添い寝する幼馴染がペンを突き立てるワケ 井戸端 計 @idobata
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