第30話 駆け出しと、引率(3)

 最初こそ、みな緊張の面持ちだったが、恐れていたトラップは一つも無く、大した敵が出ないと分かると余裕が出たのか、不平を漏らし出した。

「この程度なら、学校の演習で行ったダンジョンと変わらないよね」

「だよな。いまさらオオネズとか。百匹は殺ったっつーの」

「わざわざお金を払って、護衛なんて頼むんじゃなかったかも」

 小声で喋っても、ワーキャットのシオンには聴こえる。

 が、知らないふりをしておいた。

 低レベル向けのダンジョンであっても、周囲への警戒を怠ることを、シオンは決してしない。

 彼らはもうすっかり油断していた。

「大体あいつ、年下だろ」

「でもちょっと可愛くない? ワーキャットって可愛いじゃん。耳と尻尾くらいならあたし許せる」

「でも毛深いらしいぜ」

 シオンの頭がどんどん痛くなっていくのは、ダンジョン内の薄い空気の所為ではないだろう。

 久々に学生というものの「ノリ」というやつを思い出していた。

 一人なら大人しいのに、人数が多いとやたらと強気になる。

 シオンは学校の先生ではない。今日出会ったばかりの他人だ。

 その気になれば、ダンジョン内で彼ら全員の喉を掻き切って、殺すことも出来るというのに。

 自分たちが信頼して依頼した相手が、そんな狂人でないとは言い切れないのだ。

 モンスターの仕業にでも見せかければ、ダンジョン内での不幸な事故として片がつく。

 わざわざダンジョンに入ってトラップを仕掛けることもそうだ。誰かが得をすることではないのに、そこに意味があるのかは分からない。

 いや、愉快犯だとしたら、そこには騒ぎを起こしたい、誰かを傷付けたい、殺したい、などといった、身勝手な意味があるのだろう。

 ダンジョン内は、澱んでいる。

 冒険者の中にも、どこか歪んでいる者が少なからず居る。

「余計な声を立てるな。音が聴こえなくなる」

 猫の耳をぴくぴくと動かし、シオンは注意した。

 その耳の動きを見て、女子の一人が「カワイー」と呟き、くすくすと笑いが起こった。

 こっそり息をつき、シオンは周囲に気を配りながら、先を進んだ。

 仲良し大所帯パーティーも、全員が同じタイプではないと分かってきた。

 ふざけ合う者もいるが、大人しくついて来る者もいる。

 特に、しんがりを歩くファイターの竹田は、シオンに言われたとおり、しっかりと剣と盾を構え、後方に気を配っている。臆病ゆえにか、慢心もしていない。

 シオンの後ろのバカでかい盾ファイターも、鎧と盾が重いのか動きはやや鈍重だが、真面目に盾を構えている。

 他にも、列の真ん中でただお喋りに興じるのではなく、マッピングにいそしむ者もいた。

 少し安心した。




 最深部近くまで来ても、大した敵は出なかった。

 他の冒険者パーティーとも出会った。

「何やってんだ? 遠足?」

 といかにもベテランらしき男に、大所帯過ぎることを指摘され、シオンに言われたときには反論していた何人かが、赤面していた。強気だった伊田も同様だった。

「引率、お前か?」

 と冒険者がシオンに尋ねた。

 緊張からそわそわと落ち着きのないパーティーの中で、見た目は一番小柄なシオンだけが経験者だと、一目で見抜いたようだ。

「ああ」

 シオンは片手に握っていたダガーを、ホルダーにしまいながら頷いた。

 自分たちが行こうとしていた奥から、彼らが平然とやって来たので、もうこのダンジョン内に危険は少ない。

 彼らが、悪意のある冒険者でなければだが。

 しかしダンジョン内で出会った冒険者を警戒するのは、相手も同様だ。礼儀として、シオンは武器をしまった。敵意は無い、という意思表示だが、視線でさっと相手の装備を確認する。

 声をかけてきた冒険者は、四十代くらいの壮年の男で、使い込んだ装備を身につけている。アーマーではなくジャケットを着込み、腰にショートソード、左肩から胸の前に真っ直ぐナイフの柄が下になるよう装着している。あれならどちらの手でも咄嗟にナイフが抜きやすい。

 後ろには、亜人のファイターと、人間のソーサラーがいる。

「そうか。俺たちは協会からトラップ除去の依頼を受けてきた」

 男が言った。

「アンタ、探求士スカウトか?」

「そうだ」

 と、男は自分の冒険者カードを取り出して見せた。カードを易々と見せるということは、素性にやましいことは何も無いということだ。もちろん偽造カードでなければだが。

 シオンも同じように出した。

「森田洋平だ。千葉から来た」

 伊田、竹田、森田……ちょっと似た名前が多い。ごちゃごちゃしてきた。そのうち誰かの名前を間違えそうだ。

「罠除去が専門だ。設置するのも得意だけどな」

 冒険者カードには、レベル42とあった。完全に専門職レベルだ。


 スカウトの本来の意味は「斥候」や「偵察兵」となるが、冒険者協会においては、特殊な技能を持つ者が名乗るクラスとして作られた。

 得意分野は各人違う。自分たちが極めたい分野を極める。薬草学、魔生物学、考古学、ダンジョン研究――とにかく各人様々だ。森田はトラップ関連が専門のようだ。

 彼らは分野ごとに特化した技能を持つ。戦闘専門ではない。金のために仕事をするわけでもない。専門の知識と技術を兼ね備えた職人であり、学者なのだ。

 冒険者協会は彼らのために、探求士スカウトというクラスを用意した。彼らは自らで選んだこのクラスに、高い誇りを持っている。

 戦闘職ではないと言っても、戦闘が出来る者も多く、魔法を使う者もいる。彼らは自らの目的のため、他の職よりも熱心にダンジョンを探索するからだ。その探究心と目的のためには、未知のダンジョンもモンスターも恐れない、肝の据わった者ぞろいだ。


 このパーティーは、トラップの知識があり、戦闘も出来るスカウト、戦闘専門の亜人のファイター、人間のソーサラーと、バランスの取れた構成だ。

 伊田が自分たちも自己紹介したいと言い出したのを、森田がやんわりと断る。

「いや、もうオッチャンだからな、一回会ったくらいで、憶えられねえよ。もう会うことも無いかもしれねえしな」

 と言われ、伊田はムッとした顔を見せたが、さすがにレベル42には逆らう気も無いようだった。

「そっスね。じゃあ《ホーリーダスト》って名前だけ憶えといてくださいよ。これから上がってくるんで」

「は? なんだって? 聖なるカス?」

 うーん、と森田は苦笑しながら、頭を掻いた。

「悪いが、オッチャンには分からん。あー、小野原くんだったな?」

「ああ」

「ここまでの道中、綺麗なモンだったろ? 俺達があらかた掃除してきたばかりだ。ラッキーだったな。いまここは間違いなく安全だぜ」

 ほれ、と森田が大きなナップザックを掲げた。中からガチャガチャと音がした。回収されたトラップの残骸なのだろう。

「ありがとう。助かった」

「なに、仕事だ」

 それから森田は、シオンの後ろのパーティーを見て、にやりと笑った。

「この時期には多いからな。学生上がりの浮かれた初心者を狙って、初心者ダンジョンにばかりトラップをしかける。中には命を落とすような悪質なものもある」

「ご丁寧にね、手作りの宝箱まで置いてあったりするのよ。開けたらボカンっていう典型的なやつだけど、初心者って引っかかるのよね」

 豊満な胸が目立つ、大柄な女性のミノタウロスが、溜息まじりに呟いた。

 牛の頭を持ち、短い茶色の体毛に覆われている。男のミノタウロスと違って角が無く、代わりに大きな乳房が特徴的だ。

 筋肉質の体に、大きな胸を支えるような革のアーマーを身につけ、人間の女性では肉体強化(エンハンス)しなければとても振るえないバトルハンマーを、片手で軽々と担いでいる。

「昨日、別のダンジョンで被害にあったパーティーの一人は、可哀相に指が全部吹っ飛んだらしいわ」

 シオンの背後から、ヒッと悲鳴が聴こえた。竹田の声だ。

「いやいや、あんなあからさまなの、開けなきゃ大丈夫ですから。ほんと、ゲームじゃないんですけどねえ。ダンジョンで宝箱なんて落ちてたら、十中八九罠だって、学校で習わないんですかねえ」

 へらへらと笑いながら、ソーサラーが頷く。こちらは眼鏡をかけた人間の男だ。手にした杖でソーサラーと分かるのだが、格好はトレッキングに行くようなもので、首にタオルを巻いていた。やたらと大きなリュックを背負っている。

 彼を見たシオンは、同じソーサラーである紅子のことを思い出した。杖を買ったと言っていたが、装備は用意しているのだろうか。まさかセンターに来たときのような、セーラー服で来るということはあるまいが……そんなことを思い、少し不安になった。

「ま、習ってても、開けたくなる人はなるんですよねえ。ま、ぶっちゃけ僕も初心者のころ、やりましたけどね。何回か。何が出るかな~と思ってね。あ、でもこれ、自分で治癒出来ない人は、マネしちゃダメですよー?」

 物騒なことを言いながら、またへらへらと笑っている。

「昨日指を失くした子なんて、まだ十八歳の女の子だったらしいですよ」

「学校を卒業したてのね。あなたたちも、他人事ではないでしょうから、お気をつけなさいな」

 迂闊といえば迂闊だし、指をも失う覚悟でこの世界に飛び込んだのなら、それもいたしかたないことだ。そう思うシオンも、まだ若い女性が指を全て失ったという事実が、あまりに気の毒だった。

 いきなり現れた冒険者パーティーの生々しい話に、初心者パーティーはさっきまでの威勢を無くし、縮み上がっていた。

 シオンはそれを嘲るつもりは無い。怖がるくらいのほうが慎重になっていい。

「ああ、ラッキーでもねーかな? お勉強中みたいだしな。トラップ何個か残してたほうが良かったか?」

 森田の言葉に、シオンは首を横に振った。

「こっちは、初めてのダンジョン探索だ。この先が安全なら助かる。今日はマッピングでもやったらいい。最低限の戦闘は出来てるし、充分だ」

「つっても、オオネズばっかスけどね」

 と伊田が言うが、シオンは耳を貸さなかった。

「そうか。この先の小部屋が、スライムまみれだ。そこはトラップも無かったから、面倒だし手をつけてない。戦闘訓練にはなるかもしれねえな」

 スライムはじめじめしたダンジョンを好む、お馴染みのモンスターだ。生命力が高く雑食なので、どこにでも現れる。アメーバのような液状で、異様な外見をしている。

 厄介なことに物理攻撃も魔法も利きづらい。しかし捕食行動以外には、積極的に攻撃してくることもない。ダンジョン内で遭遇しても、大抵放っておかれる。動きも遅く、追われることはない。

 ただ、ダンジョン内で寝ている間にこっそり忍び寄られ、捕食された冒険者もいるから、油断ならない。スライムが獲物を捕食するときは、体内に取り込んで溶解液で分解し、自らの栄養とする。この溶解液は強力で、攻撃しようとしてうっかり触れようものなら、剣も腕もぐずぐずに解かされてしまう。

 しかも、苦労して倒したからといって得られる素材も無い。ハイリスク・ノーリターンという言葉が似つかわしいモンスターなので、普通は相手にしない。

 どうしても倒さなければならないときの対処法は、強い炎で一気に燃やしてしまうか、スライムを溶かす専用の駆除剤を使う。


 伊田がつまらなさそうに呟く。

「スライムかぁ。オオネズレベルのザコだけど、ま、飽きてたから、ちょうどいいな。魔法をぶちかませば楽勝……」

「やめておく。スライムは構わないに限る」

 伊田の言葉を遮り、シオンは森田にそう言った。

「いい先生だ」

 去り際に、森田はぽんとシオンの肩を叩き、がんばれよ、と言い残した。

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