第28話 駆け出しと、引率(1)

 初心者の引率をするにあたり、シオンなりに真面目に考えてみて、生まれて初めて冒険者向けの情報誌を購入したりもした。

 昔、桜も買ってきて五分読んで「バカバカしい」と投げ捨てていた、《ダンジョンウォーカー・関東版》の今月号の表紙には、『巻頭特集! 春から冒険しよう! 初心者向けオススメお手軽ダンジョン10選』と大きく書かれてある。

 最近はこんな本を、近所のコンビニでも見かけるようになった。それだけ売れているということだ。


 特集記事の『初心者向けオススメお手軽ダンジョン』の一番最初に、《北関東採石場跡》が堂々と掲載されている。

 アイドル冒険者という謎の肩書きの少女が、ピンクの鎧を着てにっこり笑う写真の横に、吹き出しが描かれており、その中の『〈危険度〈少〉! だけど、ダンジョンらしさはピカイチ! 冒険者生活スタートの第一歩にふさわしい、人気NO・1ダンジョンだよ!』というコピーが、悲しい。記事の差し替えが間に合わなかったのだろう。

 窓口で聞いた通り、かの場所は現在すさまじいほどの不人気となっている。元々、探索などし尽くされ、初心者の訓練場所という以外に旨味の無い場所だ。ガルム事件のおかげで初心者が忌避し、いまやガラガラだ。

 今回の依頼者たちもこのダンジョンは嫌がっていると、受付嬢から聞いた。

 どうせ半年もすれば風化するだろうが、あんな事件の直後では仕方が無い。

 個人的には、不人気ならかえって空いてて良いのではないかと思うのだが。




 当日、シオンは始発の電車で東京を出て、奥多摩に向かった。駅からはバスに乗り、指定のダンジョンに一番近いところに下り、そこからは徒歩だ。

 装備の重い冒険者だと、やはり車での移動になる。シオンが軽装なのも武器にダガーを使用するのも、自分に向いているというほかに、移動の面を考慮した部分もある。

 冒険者だからと言って、これみよがしに大きな武器を担ぎ、公共の乗り物に乗ることは出来ない。だから、ほとんどの冒険者は車で移動する。

 短い刀剣くらいなら駅で冒険者カードを提出し、書類を書いて届出をすれば、電車に乗れる。とはいえ荷物の中に紛れ込ませられるナイフなら、いちいち届け出などしない冒険者も多いのだが。


 依頼者から指定されたダンジョンは、奥多摩の山中にある《天聖洞あまのせいどう》だ。

 名前のわりに、山頂にあるわけではない。

 受付嬢が挙げた候補には無かったダンジョンだ。『初心者向けオススメお手軽ダンジョン10選』の中にも入っていなかった。

 初心者向けで有名、というほどではないが、難しいダンジョンでもない。洞穴型の人口ダンジョンで、地下に向かって七階層に分かれる。

 元々は自然に出来た洞穴を、宗教団体が勝手に住み着き、根城とした。その教徒たちが手を加え、ダンジョン化した。こうしたカルト教団が絡んでいるダンジョンというのは、けっこう多い。

 やがてダンジョンから湧き出る瘴気に惹かれ、モンスターが集まるようになり、教団は去った。その程度のいわくで、大きな事件があったわけでもない。

 大したモンスターも出ないし、貴重な資源があるわけでもない。

 そのあたりは他の初心者ダンジョンと同じだが、知名度の低さから他の冒険者があまり訪れず、穴場と言えるかもしれない。

 雑誌に載っているような有名なダンジョンには、きっと多くの新米冒険者が殺到している。

 依頼者なりに、よく考えたようだ。


 他に良い部分があるとしたら、「名前が変に大仰なことですかね。ビンビンくる人にはくるかもしれませんね。思い出に残る初ダンジョンにふさわしいとか」と依頼の場所や日程を電話で連絡してくれた受付嬢が、淡々とした中に失礼さを醸し出しつつそう言ったが、まさかそんな理由ではないだろう、とシオンは思うことにした。




「……思ってた以上に、めちゃ若いっすね」

 ダンジョン前で落ち合った依頼者たちは、集合場所で先に待っていたシオンを、最初そうとは気付かなかったようだ。

 シオンのほうは、八人がぞろぞろと連れ立ってやって来たので、すぐに分かって声をかけ、身分証として冒険者カードを見せた。

「小野原さん……本人すね」

「ああ。小野原シオンだ。今日はよろしく」

「……あー、ども」

 真新しい革鎧レザーアーマーを着込み、ロングソードを腰を差した青年が、軽く頭を下げたあと、じろじろとシオンを見やった。

「てか、ジャージて……」

「別にふざけてるわけじゃない。オレはいつもこの格好だ」

 買い換えたばかりの魔糸製ジャージの上下に、ベルト代わりにウェストバッグをしっかりと締めている。広いダンジョンでは無いし、ただ行って帰るだけなら、さほど時間もかからないだろうが、念のため荷物は多めに持ってきた。首に巻いた魔糸製スカーフの下には、桜から貰った精神抵抗レジスト効果のある魔石のチョーカーを身に着けている。ダガーは腰に二本と、足に四本。いつもの装備だ。


「いや、まあ、分かるんすけど、なんか真面目にアーマー着込んでるほうが、バカみてーだなーって……」

 男が苦笑する。シオンは首を傾げた。

「変なことを気にするんだな。オレは攻撃を受けるよりかわすほうが得意だし、なるべく重くしたくない。戦い方に合ってるっていうだけだ」

 それこそ新人のころ、何度かダンジョンに潜って探索と戦闘を繰り返すうちに、自分なりにギリギリまで軽装化したのだ。

 荷物を最低限にするにしても、予備のダガーは減らしたくはないし、鎖帷子チェインメイルや強化樹脂製の防護服ボディアーマーでも動きづらいと感じた。

「はぁ、なるほど。なんか、カッケーすね。攻撃なんて、そもそも当たらなきゃいいってやつすか」

「別にそういうわけじゃないけど」


 桜から、いつか冒険者になったときのためにと、訓練と言う名のしごきを受けていた。そのときに言われた言葉を、思い出していた。

(力の強いモンスターの爪や牙にヤラれたら、鉄板でも穴開くことがあるんだから、中途半端に防御するくらいなら、徹底的に攻めたほうがマシよね。アンタは軽いし柔らかいから、避けるほうに努力したらいいのよ。大丈夫、お姉ちゃんがしっかり鍛えてあげるから)

 そう言って庭に引っ張り出され、大剣なのに速くて重いという理不尽な攻撃をひたすら避けさせられた。

(装備なんてジャージでいいのよ。今のジャージは丈夫で強いしね)

 それはいくらなんでも極端だろ、とそのときこそ思ったが、冒険者になって自分なりに試行錯誤をしてみると、結局はアドバイス通りになった。


「それに、オレはワーキャットだから。人間よりはちょっとは速いしな」

 そう言うと、目の前の青年はシオンの耳を見やった。

「ああ……なるほど」

 彼がリーダー的な存在のようだ。その後ろに他の七人が、やはり同じようにシオンを見ている。

 彼らは、引率の冒険者がいると思ったら、明らかに若い少年がいたことで、一様に戸惑いや不安を感じている表情だ。

 受付嬢はもしかしたら、彼らにシオンのレベルや経歴は教えていても、年齢はあえて伏せたのかもしれない。クールなようでいて、少し悪戯っ気のありそうな、あの受付嬢ならやりそうだ。


 とりあえず、八人全員に自己紹介をしてもらった。

 いつもならこのあとは、淡々と仕事をこなすだけだ。そのときだけの仲間の名前を憶えることに必死にならないが、今回の仕事は彼らの引率である。名前を呼ぶ機会もあるだろうからと、なんとか八人中四人は憶えた。

 シオンと話していた青年は、伊田という名だ。リーダーっぽく振舞っていたので、彼の名前は優先的に憶えた。

 学校でも仲良しグループだったという若者たち(シオンより年上だが)は、戦士ファイター三人、魔道士ソーサラー二人、魔法戦士ルーンファイター一人、射撃士ガンナー二人という構成だ。

 いくら仲良しでも人数が多すぎるだろうと思ったが、ダンジョンに潜るのは何人までという規定は無い。基本的に自由だ。

 ただ、多分そのうち互いが邪魔になるだろうというだけで。


 リーダーの伊田がルーンファイターだったので、クセのあるクラスだというのもあり、シオンは尋ねた。

「アンタ、ルーンファイターか」

「そっすね。一応」

「戦い方は?」

「は? なんスか?」

肉体強化エンハンスか、魔法付与エンチャント、どっちのタイプのルーンファイターなんだ?」

「ああ、オレは、どっちもイケますよ。必要に応じてってかんじスかね。攻撃魔法フォースもしますし、基本、万能オールラウンドです」

 そう伊田がさも当たり前のように言うのに、シオンは眉をしかめた。


器用貧乏オールラウンドか……」


 伊田とシオンの間には、大きな認識のずれがあった。

 ルーンファイターは、大きくタイプが分かれる。

 肉体を魔法で強化する、肉体強化エンハンス型。

 武器に魔法の力を与える、魔法付与エンチャント型。

 器用貧乏オールラウンド型というのは、使う魔法をこの二つのどちらかに限定しない者への、蔑称であり、このタイプのルーンファイターは敬遠される。

 魔法と武器、どちらもやろうとすると、大抵どちらかを極めた者に劣るからだ。


 魔法は強力になればなるほど、集中を要する。詠唱キャスト時間も長くなり、その間はほぼ無防備となる。武器を振るっている暇は無いので、持つ必要も無い。

 だから、ほとんどのルーンファイターは、中途半端な攻撃魔法フォースをあえて捨てる。

 いかに長い時間武器を振るいながら、自らもしくは武器に、魔力を注ぎ続けられるか。それがルーンファイターの基本的な戦い方で、「魔力はほんのちょっぴり、体力と集中力はバリバリに必要」という桜先生のありがたいお言葉もあった。彼女はルーンファイターの戦いは、「遠泳みたいなもんね」と言い、器用貧乏オールラウンド型のことは、「走んのも泳ぐのもチャリもヘボなタイムでトライアスロンしてる奴」と痛烈に皮肉っていたものだ。

 とはいえ、ここでそれをシオンが言うこともないだろう。

 中には本当に、両方に才能を持ち、器用貧乏ではなく、万能な者もいるかもしれない。多分。

 

「小野原さん? なんスか、黙り込んで。ルーンファイターが珍しいっすか?」

「あ、いや……」

 シオンは言葉を濁した。

 もう一つ気になったのは、彼のツンツン頭だった。ヘアーワックスを使って髪を立たせているようで、かすかな匂いがシオンの鼻をついた。無香のものを使っていても、嗅覚に優れた亜人には分かる。

「髪、何か付けてるよな?」

「ああ、ワックス付けてますね。無香ッスけど、マズいっすか?」

 伊田が、ツンツンした髪の先に手を当てた。

「一応、匂わないやつなんスけど。このぐらいの匂いで気付くモンスターなら、何も付けてなくても人間の匂いって分かるっしょ?」

「ああ、鼻の良い魔物なら、体臭でも人間の存在に気付く。匂いは完全に消せるもんじゃないし、そこまで問題じゃないだろうが……」

 そこまで言って、シオンは伊田の後ろのメンバーを見回した。二人居る女子からより強い香料の匂いがした。

「意識してじゃないとは思うが、シャンプーか石鹸か、キツい匂いのあるものは普段からあまり付けないほうがいいんじゃないか。けっこう鼻につくぞ」

「えー、あたしかなぁ」

 と女子の一人が声を上げる。

「どっちもだ」

 きっぱり言うと、笑っていた二人の女子の顔が固まった。

 それでも気の強そうな女が、不服そうに口を尖らせ、ぶつぶつと言った。

「でも別に、香水付けてるわけじゃないし……私、このシャンプーじゃないと髪質に合わないのに」

「か……髪質?」

 女の冒険者とは、即席であっても一緒になったことがない。こんなものなのだろうかと、シオンは困惑した。

 桜はまったく無香料の石鹸で髪を洗っていて、髪質なんて気にしている様子は無かった。

 もし紅子が同じ間違いを犯したとしたら、きっと彼女なら慌てて謝り、非を認めるだろう。

 彼女たちには、そういう謙虚さを感じられない。

「……シャンプーなんていっぱい売ってるだろ。女の冒険者も多いし、そういうニーズはあるんだから、匂いがしなくて髪に合うやつもあるはずだ。探してみろよ。ダンジョン潜るより楽だから」

 何のアドバイスだ、とシオンは内心で自分に突っ込んだ。

「でもさぁ、小野原さん。何も付けてなかったとしても、多少の匂いはするもんでしょ? 体臭キツいとか、ワキガの冒険者だっているんじゃね? 腹弱くて、屁こきまくるやつとか」

 と伊田が言うと、周囲もどっと笑った。

 これはジョークで、自分も笑うべきシーンなのか? とシオンは一瞬悩んだが、やはり自分は引率者なのだからと自らに言い聞かせ、真顔で注意した。

「それは体質だろ。でも、自分たちが身につけるものは選べるし、気をつけられる。モンスターには、嗅覚が優れてるやつが多い。でもたしかに、気配や足音でだって気付かれることはある。だから匂いばかりさせないように気をつけるなんて、無意味だと思うかもしれない。けど、魔物のことだけを言ってるんじゃないんだ。もし仲間に鼻のいい亜人がいたら、そいつの嗅覚を惑わしてしまうかもしれない。そういうデメリットも……」

「亜人? いや、それは無いから大丈夫っすよ」

 笑いながら言葉を遮る伊田に、シオンは顔をしかめた。

「どうして? 冒険者には亜人が多い。これから組むことはあると思うけどな」

「いや、オレら、このチームでって決めてるんで」

 これもジョークなのかと思ったら、伊田も他の仲間たちも真剣に頷いている。

 意味の分からなかったシオンは、素直に訊き返した。

「……なにを?」

「だから、このメンバー以外、パーティー組むのは考えられないッスよ」

「いや、それはいいけど……」

 心意気はいい。が、現実的ではない。

 死亡しないまでも、怪我で五体満足ではなくなり、冒険者を引退する者も多い。安定していない職業なので家族に反対されたり、生活に困って転職したり、女性なら結婚引退もある。

「ただ、最初に組んだパーティーでずっと続けられる冒険者っていうのは、あまり聞いたことねーぞ」

「前例が無いなら、作りますよ」

「へ?」

 これまたジョークなのかと思ったら、伊田は真面目な顔で、篭手を付けた右腕を胸の前に持ち上げてみせた。

「ま、たしかに、まだまだこれからっすけど。けど、こっからソッコー駆け上がっていくんで」

「……どこに?」

 いまから潜るダンジョンは地下だから、下りるのが正しいのに、と真面目に思ってしまうシオンである。

 そしてその上げた腕は何だ? と思っていたら、どうやら手首に嵌めたバングルを見せたいようだった。細かいところまでは見えないが、何か刻印がしてある。

 よく見ると、全員装備はバラバラだが、同じバングルを嵌めていた。

「小野原さんも、覚えといてくださいよ? 《ホーリーダスト》って名前を」

「は……?」

 見せてもらったバングルには、たしかに《holly dust》と刻印されていた。

 それが彼らのチーム名らしいということは、シオンにも薄々分かったが、それにしても、《聖なるゴミホーリーダスト》とはいったい何の意味があって名づけたのだろう。いや、自分は勉強が苦手だったから、他に意味があるのかもしれない。もちろんそれが何となくカッコいい語感で決められたとは、シオンには思いもよらない。

 そして名詞を憶えるのが苦手なシオンは、五秒後にはきっちり忘れていた。

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