第27話 やりたくない仕事(3)

「でもこれ……けっこう、高いよな」

 報酬額を見て、シオンは言った。

「それは依頼者側の問題ですから。それだけ出したいというだけでしょう」

 これが相場なら、確かにボロいかもしれない。

 話を聞いていると、初心者パーティーにくっついて行って、比較的楽なダンジョンに潜るだけ。そういったダンジョンなら、危険なモンスターも出ない。

 そもそも、いきなりガルムのような魔獣が出るほうが珍しい。

「ダンジョンって言っても、そんなに危ないところに行きたいわけじゃないんだろ?」

「そうですね。依頼者がダンジョンを指定される場合は、ダンジョンによっても相場は変わりますけれど。今回の期日は、できれば日帰り、もしくは二日以内で、その範囲内で比較的安全なダンジョン、ですね。モンスターは多少居たほうが良いみたいですが」

「採石場?」

「流石に、いま不人気ですね。先ほど言ったような大雑把なご希望だったので、こちらで具体的にお勧めしたのは、神奈川県の《ブリリアントヒル・ホテル》、茨城県の《マリンライト鉱山》《白廃墟》、埼玉県の《緑洞》あたりですね」

「《白廃墟》は、オレだけならダメだ。パーティーに霊媒士(シャーマン)いるのか?」

「おりませんね」

「じゃあパスだな。探索が夜にずれ込んだら面倒になる」

「小野原様ならそうおっしゃるとは思いました。昼なら充分安全ですけど」

「何があるか分からないだろ」

「それ以外なら?」

「問題ない」

「では、そのように」

 と受付嬢が言い、はっとシオンは気付いた。うっかり彼女のペースに巻き込まれていた。

「いや、待て。受けるとは言ってない」

「あら。途中から乗っておられたので、てっきり」

「それは悪かった。でも、他に受ける奴がいるなら、そっちに回してやってくれよ。報酬もいいし、腕のいい奴がいくらでもいるだろ」

「ええ。ですが、事情がありまして」

 かけていた眼鏡のふちを指で押し上げ、冷静な受付嬢は手許の資料らしきものに視線を落とした。少し、声をひそめ、言う。

「いかにも亜人という方は、遠慮していただきたいという条件でして」

 その言葉に、シオンは耳と尻尾を動かしながら、顔をしかめた。

「……オレはいかにも亜人じゃねーのか?」

「耳と尻尾くらいなら許容内でしょう」

 なにげに失礼なことを言う。しかし彼女はシオンをバカにしているわけではなく、客観的な事実を述べているだけである。

 たしかにシオンは、亜人の中では人に近い外見ではある。

 帽子を被って耳を隠し、ズボンからわざわざ尻尾を出さなければ、間違いなく人間の少年に見える。

「……これを、オレが受けたとして、耳と尻尾を隠していけって言うのか?」

「いえ、そんなことは言いませんよ。受けていただければ、依頼者に小野原様がワーキャットであることは告げますし、それで依頼者が嫌だとおっしゃられたときには、小野原様には責任持ってすぐに別の仕事を探します。しかし、ガルム討伐をされた方ですから、おそらく信頼されると思いますよ」

「そんなんでいいのか?」

 シオンは困惑したが、彼女の言うことも、一理ある。同じワーキャットでも、人間の顔を持つワーキャットと、猫の頭を持つワーキャットでは、姿が自分たちに近いほうに親しみを持つだろう。

 別に、見た目が人間とかけ離れていないことと、性格の穏やかさは、特に比例しない。が、それはあくまで正論であって、受付嬢が言うのは感情の問題である。

 一緒にガルムを倒した鷲尾や笹岡や犬井のことをシオンは思い出した。彼らも見かけはいかにも亜人だが、自分より腕は立つし、探索慣れもしていた。一番人間っぽい、というだけで、シオンのほうが人間に信頼されるというのなら、不可解な話である。

 今回はたまたま亜人不可だが、彼らもこんな依頼を勧められているのかもしれない。経験豊富な彼らなら、しっかりこなしてみせるだろうが。


「オレには、つとまらないと思う」

「そうでしょうか?」

「何をやったらいいのか、分からない。オレはずっとソロだったから、パーティーでの戦い方はあまり経験していないし」

「探索の基本だけ教えれば良いと思いますよ。最初から熟達した連携なんて教えてもどうせ分かりません。その辺りのイロハは学校で習ったでしょうし」

 そんなこと受付嬢が言っていいのか、と思うほど、はっきりと言いきる。

「それこそ何年も学校に通ったんなら、最低限のことは一応は分かってるはずだよな。そんな奴らに、何を教えるんだ?」

「かもしれませんが、あくまで、学校の話ですから。学校の演習で行くダンジョンは限られていますからね。ですから若い方の場合、たいていご家族が依頼者なんです。本人たちはやれると思っていても、やはり実戦となると、もう先生もいらっしゃいませんから、ご家族はご不安なんでしょう」

「はあ……。だったら、なんでそもそも冒険者にするんだ?」

「それは、子供の夢は応援したいと思うんじゃないですか?」

 分かるような、分からないような気がするのは、多分、桜が強すぎたせいだ。父もさほど心配していなかった。学校なんてさっさと辞め、初ダンジョンで大量のゴブリンを血祭りに上げてくる初心者は、例外としてみるべきだ。自分の感覚までおかしくなる。

 シオンは自分を月並みの冒険者だと思うが、いきなりダンジョンに潜ろうなんて考えもしなかった。初仕事はキノコを採りに行ったのだ。

「人間の親というものは、一般的に亜人の方々に比べれば、過保護ですから。ようは、気持ちの問題なんでしょうね。初ダンジョンで、出来ることなんてそう多くありません。私の考えですけど、依頼をされる方は、自信を付けたいのだと思います。私は、小野原様なら、根気強く彼らに付き合っていただけると思いますし、実際にガルムを倒した冒険者ということで、依頼者もかなり安心できるでしょう。なによりこちらが信用しておりますので」

「でもなあ……」

 どうしても乗り気になれないシオンだったが、その様子に受付嬢はむしろ柔らかい目を向けた。

「……そうやって、真面目に考えてくださるから、小野原様は安心できるんですよ。腕が良ければ誰でも良いというわけでもないので、こちらとしても慎重になっているんです」

「どういうことだ?」

 受付嬢は、少し疲れたように小さく息をつくと、いっそう小声で言った。

「ようは、駆け出しをぞろぞろ引き連れ、初心者向けダンジョンに潜ればいいというだけの話なのだろうと、そのぐらいの感覚でこの仕事をやりたがる方が多いんです」

 聞けば、教える側の冒険者と初心者の間でのトラブルも、すでに何件か発生しているらしい。

「おもに、教える側の問題なんですけどね」

 依頼を受ける側の冒険者が、初心者をなめてかかっているという。

 そこは、シオンも気になっていた部分だ。


 特に目的が無いのなら、ネットで散々マップが出回っているような有名ダンジョンを、それこそ行って帰るだけになるのではないだろうか。

 でも、依頼者が安全なダンジョンを希望したのなら、仕方無い気もする。

 依頼者の満足度で、依頼を達成とするのなら、どこまでやればいいのかちょっと分かりづらい。そもそもこっちはインストラクターではないのだ。

 これを依頼者側の立場で考えると、受けたからにはそれなりの仕事をしろ、という言い分もあるだろう。これも分かる。


「依頼者と受ける側のトラブルも多く、酷いケースではダンジョン内に置き去りにしてきたというケースもあります。もちろんそういった悪質な冒険者にはペナルティはありますが……」

 適当にダンジョンに潜って、はい終わり、なんて内容では、当然安くない報酬を払う依頼者は不満を持つ。中には、協会に訴えると言うと、腕の立つ冒険者から余計なことは言いふらすなと、脅されたりもしたらしい。

「特に初心者の人間パーティーと、ベテランの亜人冒険者の間では、トラブルが発生しやすいんです」

 受付嬢は、なおも溜息まじりに言った。

「これは人間側に差別意識や、実際にそういった態度、発言があったという亜人側の主張もあります。実際、中の様子は分からないので、確認のしようもありませんが……まあ、少なからずあるようですね」

 話しながら何か書類を作り出した。手許でボールペンをせわしなく動かしている。

「いま、人間の若者の間で、冒険者は憧れの職業になってるんです。ロマンがある、かっこいいから、一攫千金を狙える、そういう認識の方も多いのは、事実でしょう。一方で亜人の方々は多くが生活のために冒険者になる。そのあたりの認識の違いでしょうか。人間の、特に若者は、冒険者をなめてかかっていると思われてしまうんでしょうね。もちろん依頼者側に問題があることもあります。しかし、どんな人物でも依頼者は依頼者です。いい加減な仕事をしたり、ましてや置き去りにするなんて、論外です」

 センターのほうでも色々と苦労はあるのだろう。いつも感心するほど事務的なやり取りを徹底している彼女たちだが、その言い方には珍しく棘があった。

「ですから、小野原様に受けていただけたら、安心なんですけど」

 ボールペンを動かすのを止め、受付嬢がシオンににこりと微笑みかけた。

 紅子の言葉ではないが、たしかに自分は――少なくともこの受付嬢には、それなりに信頼してもらっているようだ。

 内心で、シオンは損得をはかりにかけてみた。

 損はほとんどないはずだ。あるとしたら、自分は口下手で、人に物を教えられるかという自信がないというだけだ。しかもそれはどうやらシオンの考えすぎで、そんな素晴らしい講義などセンターも期待しておらず、ただダンジョン探索に付いて行ってやれば良いらしい。

 人間の若者の集団が苦手、というのもあるが、仕事を嫌がるほどの理由ではない。というより、いい加減吹っ切るべきだと、シオン自身思っている。

 センターの顔もあまり潰したくない。覚えがめでたければ、今後も優先的に割りの良い仕事を回してくれるかもしれない。


 それに、初心者冒険者と聞いたときから、紅子のことが真っ先に思い浮かんだ。

 彼女も、冒険者になったら、初めての仕事に挑むだろう。

 正直言って、シオンはそのことがかなり不安だった。


 ――ついて行ってやったほうが、いいかもしれない。


 実際パーティーを組むという話ではなく、それこそ引率という意味で、そう考えたのだ。

 彼女がそれを望むかは別としてだが。

 でも、もし彼女が受け入れたら、今回の依頼は、シオンにとっても勉強になるかもしれない。

 予行演習と言ったら、今回の依頼者には悪いが。


「分かった。やるよ」

「ありがとうございます。実はお話しながら、もう書類を作っていました」

 書類をシオンに向けながら、受付嬢は悪びれもせず、満面の笑みを向けた。




 その晩、シオンは紅子の携帯電話にメールを送った。

 メールを打つなんて久々だ。

『今週の土曜日、ダンジョンに潜る。一日で帰るけど、その日は夜まで連絡つかないから、何か用があったら、それ以降に頼む』

 なんだか変な文面だ、と自分でも思った。それに、これは果たしてわざわざ連絡するようなことだろうか? と迷ったが、送信した。


 すると、すぐに返事があった。


『がんばってね! 私に言われるまでもないと思うけど、どうか体に気をつけて、無事に戻って来てください! 私も先日、リサイクルショップで目をつけてた、すっごくかわいい杖を買いました! 冒険者の認定はまだ下りてないけど、くよくよ悩んでもしかたないよね。貯めてたバイト代で、前から欲しかったものを買いました! これで少しでも魔法の練習をしておきます!』


 ……杖?

 メールを読んだシオンは顔をしかめた。

 いや、もちろん必要なものだろう。ソーサラーにとって、ファイターの武器と同じだ。魔石をはめ込んだ杖は、ソーサラーの魔力を高め、制御を助けるのになくてはならない。

 しかし初心者の彼女が一体、リサイクルショップでどんな杖を購入したのか、不安に思った。

 とはいえシオンも魔法は門外漢なので、深くは追求しないことにした。


 これはのちに後悔することになるのだが、それはまだ少し後の話になる。

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