第26話 やりたくない仕事(2)
〈小野原くんは、あのあと仕事見つかった?〉
「いや。あの日は結局、探したけど、何も受けなかった」
〈あっ、そうなんだ。ごめんね〉
「それはもう気にすんなよ。いまは駆け出しの冒険者が多くて、簡単なやつは初心者に回してほしいって、その代わり、あとで違う仕事を回したいって、窓口で言われたからさ」
〈わぁ、小野原くん、信頼されてるんだね〉
「そりゃ、昨日今日冒険者になった奴よりはな。オレがあんまり断らないのもあると思うけど」
〈でも、分かるかも。小野原くんって、ちゃんと話聞いてくれそうだから〉
「なんだそりゃ」
〈だって、いくら人が多いからって、誰にでも頼めるわけじゃないことって、あるじゃない? だから、お仕事を任されるんじゃないかな〉
「ソロでヒマで使いやすいってのもあると思うぜ」
〈じゃあいま、待機中?〉
「まあ、そんなかんじ。でも何もしてないわけにはいかねーし、明日くらいにまた行ってみるよ」
すると、紅子が神妙な声で言った。
〈私……冒険者になることしか考えてなかったけど、なるだけじゃダメなんだよね。お仕事探すのだって、大変なんだね〉
「それは窓口に行けばいい。それなりの仕事は見繕ってくれるよ。あとは時期による。いまは人が多いし、初心者は出来ることも限られてるから、仕事の奪い合いになってるかもな。簡単で比較的安全なことしか出来なくて、報酬もそんなに高くねーから。はっきり言うと、最初に受けられる依頼は数こなしていかないと、人間ならそれこそファミレスでバイトしたほうがマシかもしれない。装備とか持ってく道具は自前だし、一回の準備にかかる金を考えたら、割りに合わないからな」
ふんふん、と電話の向こうで紅子はいちいち頷いているようだ。そして、ほうっと感心したような声を出す。
〈そうなんだぁ……〉
「報酬が高いのだと、まあ依頼によるけど、たとえばモンスター討伐とか、危険なダンジョンの探索なんかは、リスクが高いぶん一回の実入りはでかくなるな。そういう派手な仕事ってあんまり無いし、危険だから協会もレベルの低い冒険者にはそうそう任せない」
手早く終わって高収入、なんて仕事はほぼない。それでなくても条件の良い依頼は、やはりみんな狙っているため、なかなか見つかりにくい。
大きい仕事をして収入を安定させるためにも、まずはコツコツと実績を作るのが結局一番の近道となる。レベルという名の協会からの信頼度を上げていけば、割りの良い依頼を回してくれることもある。
〈小野原くんと話してると、参考になるね〉
「まあ、一応オレもやってるから。気になることあったら、いつでも訊けば」
〈ありがとう! ……あ、でも、小野原くんもお仕事があるから、こんなふうに簡単に電話かけちゃダメだね〉
「そんなことねーけど」
〈ほんと?〉
「うん。……ああ、ただ、仕事中は、どっちみち、連絡つかないと思う。置いて行ってるか、あっても電源切ってるからな」
〈あ、ダンジョンってやっぱり電波通じないの?〉
紅子が素朴な疑問を口にする。
「通じるとこもあるだろうけど……そうじゃなくて、探索中に電話取れないだろ。戦闘してたり、敵に気付かれずにやり過ごしたいことだってあるし。そんなときに音立てて、敵に気付かれて死んでもバカだろ」
〈あ、そっか。そうだよね〉
「でもほんとに、そんなことで死んだ奴もいるけどな」
〈え、そうなの? うわぁ……可哀相〉
「可哀相か? さすがに自業自得だろ」
人の死は痛ましい。シオンも姉を亡くしているし、死んだ同業者も知っている。
残された者は、一生彼らを忘れることが出来ない。いつかそうなると分かっていて、割り切っていてもだ。
冒険者になるのが、ただの憧れでも、それはそれで別にいいと、シオンは思っている。金のためでも、ヒマつぶしでも、余暇の楽しみでも、構わないだろう。人にはそれぞれ事情があり、考え方も違う。きっかけはちょっとしたことでも、最初の動機が不純であっても、立派な功績を残した者はたくさんいる。
しかし、心構えまで甘かったのなら、それはさすがに自己責任だ。
桜や他の死んだ冒険者たちのように、本気で命をかけ、仕事をしたというのならともかく、携帯電話に気を取られて死ぬなんて、さすがにバカげている。
「ウソみたいだけどな。そういうくだんねーことでも、年に何人かは死んでる。ダンジョンでメール打ってて、敵に気付かなくて後ろからバッサリ……」
〈うわぁ〉
再び紅子が悲壮な声を上げた。
「……そんなに可哀相か?」
次の日、新宿冒険者センターから仕事を紹介したいと、電話がかかってきた。
しかし、窓口で詳しい説明を聞いたシオンは、渋い顔をした。
「これは……オレには、向いてないと思う」
「そうですか? 小野原様に、ピッタリの依頼だと思いますよ」
受付嬢がそう言って勧めてきたのは、いま「流行り」という初心者冒険者の引率だった。
「いや、向いてるわけないだろ。この、初心者って、何歳くらいの奴が、何人?」
「八名で、専門学校を卒業したばかりの方々です。専門コースのある高校じゃなくて、専門学校ですね。主に二十歳から二十一歳、最年長の方が二十二歳ですね」
最近増えているらしい人間の若者ばかりの冒険者パーティーは、八名とも冒険者の学校を卒業したばかりだという。
紅子も言ってたとおり、いまは四月だから、学校を卒業したばかりの新米冒険者が多い。
「オレ、十六なんだけど」
シオンは窓口に差し出した冒険者カードを手に取ると、生年月日がよく見えるよう受付嬢に見せた。
「ええ。存じております」
「十六の奴の言うことなんて聞くわけないだろ」
「冒険者に、年齢は関係ありませんから」
と、あっさり言う。
「彼らは全員レベル1。冒険者としての仕事経験は無し。ちなみに今回の依頼は、彼らのご家族からでして、本格的に仕事をする前に、レベル10以上の熟練冒険者の方に、講習をお願いしたいと。小野原様は現在レベル11ですから、この依頼を受けるに充分なレベルに達していると、私は判断いたします」
淡々とした口調で言ってのける受付嬢に、言いくるめられそうになる。
いや、でも無理だ。
大体、若い人間の男女の集団なんて、学校に行っていたころの嫌な思い出ばかり蘇る。
そんなことを考えていると、ふと別のことに気がついた。
「……あれ。オレ、レベル11だったのか」
10になったところでそれに関する記憶が止まっているので、知らなかった。窓口では必ずこの身分証の提示が求められるが、そのときも出すだけで、記載されている情報をいちいち確認したりはしない。
「レベルが上がったときには、一言お声かけしておりますが」
多分、聞いていなかったか、忘れている。
カードには特殊な技術で個人情報が登録してある。過去にこなした仕事や受けた注意や処罰もこのカード一枚に記憶され、窓口でその情報を読み取ったり書き換えたり出来る。
そのため、一見薄っぺらなカードにはかなりの情報が蓄積され、失くしただけでしばらく仕事が出来なくなる。それほど大事なものなので、偽造も難しい。
仕事をこなしレベルが上がると、提出したときに一緒にレベルの表記を書き換えてくれるのだが、シオンはそれをいちいち確認していなかった。
「まあ、それはいいんだけど……とにかく、これはオレはいいよ。他のやつ無いか?」
「この依頼が、いま小野原様にお勧めできる中で、一番良い条件のものですが」
「だったら、オレじゃなくても受けたい奴いるだろ。レベル10でいいんなら。オレだってたかが11だし」
「流行っている」ということは、需要が高いということだ。需要が高いということは、美味しい仕事だということである。
ここでシオンが断っても、受けたい者は多いはずだ。
「なんでわざわざオレに頼むんだ。大体、八人も面倒見ろって言うのか」
「ええ。八人パーティーですから」
「多いだろ。なんだよ、八人パーティーって。何かの討伐隊じゃあるまいし」
「何人パーティー組むのも自由ですから。そのあたりはご本人方に尋ねられてみては?」
「だから、受けねーって。人に物なんか教えられねーよ」
あくまで断るつもりのシオンに、受付嬢は珍しく口許に微笑みを浮かべた。
「そうですか。先日来られた冒険者志望のお嬢様と、かなり親しくなさっておられましたので、あの方が無事冒険者になられたら、小野原様が色々と手ほどきされるのかと思いましたが、違いました?」
「は……はぁ?」
思わぬことを言われ、シオンはつい間抜けな声を上げてしまった。
眼鏡をかけた受付嬢が、にこりと笑う。
「浅羽様でしたね。あのとき、私が受付したんです。かなり焦ってパーティー募集まで考えていらっしゃったので、個人的に心配になってご忠告させていただいたりもしたんですけど、どうも小野原様のお連れ様のようでしたので、それなら安心かと思いまして」
「いや、知り合いで、たまたま会ったんだよ……。別に、パーティーってわけじゃない」
「そうですか」
どうにもあっさりした受付嬢は、それでその話をやめた。
「ですがこの依頼は本当に、小野原様にこそピッタリな依頼なんですよ。小野原様に受けて頂ければ、依頼者もご安心なさるでしょうし。何しろ、
「別に関係ないだろ」
「あら。ございますよ。そもそも、初心者パーティーの引率依頼が急激に増えたのは、あの事件からなんです」
駆け出し冒険者達には、
初ダンジョンでの、予期せぬ強敵との遭遇。
そして何人もの新米冒険者が喰い殺された。
これから慣れないダンジョンに挑む彼らにとって、他人事ではない。
どの世界にも、商売の嗅覚が優れている者というのはいる。
とある冒険者が、ガルム事件の顛末を知り、すぐにこれは金になると踏んだ。
駆け出し冒険者向けの護衛依頼を、逆に募集したのだ。
こういった仕事は、今までも皆無ではなかったが、それほど需要は無かった。
だが、今回はタイミングが良かった。
ガルム事件に怯えていた初心者冒険者が、これに殺到した。
高い金を払ってでも、引率者を雇いたい。少しでも安心感を持って、初ダンジョンに挑みたい。人間の冒険者には、心配する家族からの依頼も多くあった。
そうした波に、多くの熟練冒険者も乗っかった。
護衛を頼む者と、受ける者、どちらからも大量の募集がかかった。
この春、もっとも流行っている仕事となったのである。
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