第17話 訳ありソーサラー(2)


「お水でぇす」

「決まったから、注文いいか?」

「はいはぁーい。どうぞぉ~」

 ミサホがエプロンのポケットから伝票と、キャラクターのマスコットが付いたボールペンを取り出す。

「おうかがいしますよぉ」

「カツ定と、日替わり。キャベツ大盛りにして」

「はぁい。トンカツ定食と、日替わりランチですねぇ~。ありがとうございまぁす。オノハラ様はいつもので、千切りキャベツ大盛りですね~。うちはマスターが大食らいだからぁ、キャベツもごはんも、大盛りが無料なんですよぉ~」

「わあ、いいマスターさんですね」

 紅子が感嘆したふうに言う。

「はぁい。赤字ギリギリでがんばってるからぁ、がっつり稼いで、がっつりうちで食べてくださいねぇ~。なんとオムライスも、中のごはん大盛りに出来ちゃいますよぉ~」

「わあ、すごーい。じゃあ、私もごはん大盛りで!」

 元気の良い紅子の返事に、間延びした会話をただ聞いていたシオンは、え、と思わず声を上げた。

「お前、食えんのか?」

「え? 食べられるよー」

 ほっそりとしたウエストを、紅子がさする。デザートのパフェといい、その細身のどこに入るのだろう。

「すっかりお腹空いちゃったし」

「まあ、食えるならいいけど……」

「私、けっこういっぱい食べるんだよ。あ、でも、食べるのはあんまり早くないから、時間かかっちゃうと思うんだけど」

「それはいいけど」

 意外な面が多い。そう思っていると、ミサホが言った。

「人間のソーサラーって、燃費の悪い方が、多いんですよねぇ~。カロリーと魔力の消費は、比例してるんですかねぇ。ソーサラーは女の子のあこがれですねぇ~」

「え、そうなんですか?」

 ミサホの言葉は、シオンには初耳の話だったが、紅子も知らなかったようで、へえ、と感心している。

 そういえば人間のソーサラーは、妙にほっそりしてる奴が多い気がする。

 紅子はというと、痩せすぎているということもない。ぱっと見は細身な印象だが、改めてよく見ると、出るところはちゃんと出ている。健康的な体つきだ。

「お客さんも、スタイルばっちりですねぇ~」

「えっ、私ですか? そんなことないです。服の下はお腹ぽっこりですよ。太もも太いし」

「またまたぁ、ほんとにぽっこりしてる人は言わないですよねぇ~。ミサホはせっかく立派なお耳があるからぁ、自前でバニーちゃんできるんですけどぉ、出なきゃいけないとこちっとも出てないから、ムリなんですよねぇ~。歩いてたらよくそういうお店にスカウトされるんですけどねぇ~」

 大きな垂れ耳とふわふわした髪を揺らしながら、ミサホがくすくすと笑う。

「えー、でも、足とか細くて羨ましい……」

 ウエイトレスの制服のスカートから覗く足を見て、紅子が呟く。

「でもぉ、女の子は細いほうがよくてもぉ、男の人はぁ、やっぱちょっとやらかいほーがお好きですよねぇ~。ねぇ~? オノハラ様」

「え?」

 女子の会話についていけていなかったシオンは、急に話を振られ、ぴくんと耳を動かした。

「あ、悪い……あんまり聴いてなかった」

「オノハラ様って、聴いてるような顔で聴いてないの上手ですよねぇ~」

「いや、全然聴いてないわけじゃ……腹が出てる話だろ」

「なんでそこだけ聴いちゃうの!」

 紅子がまた顔を真っ赤にし、悲壮な声を上げる。

「あ、いけなぁい。いくらヒマだからって、ちゃあんとお仕事しないと、またマスターに怒られちゃう~。それじゃあ、お待ちくださいね~」

 と言い、再びミサホが去る。

 そのあと、紅子が真剣な顔でぶつぶつと呟いていた。

「魔法を使うのがカロリー消費高いってほんとかなぁ……でもそれにしては私そんなに痩せてないし……そっか、そのぶん食べてたら意味ないよね……あ、でもでも、もし魔力とカロリー消費が関係あるんなら、ダンジョンに持ってくお弁当は大きくしなきゃいけないよね……でも、杖もあるし、かさばるなあ……」

 うーん、と唸ったあと、あっ、と声を上げた。

「そうだ! バナナとかのほうがあんまり邪魔じゃなくて、腹持ちするかも!」

「……そうかもな」

 そもそもダンジョンに弁当を持っていったことの無いシオンだったが、とりあえず頷いておいた。



「でも、小野原くんが、冒険者になってるなんてびっくりした」

 食事を待っている間、紅子がそう言った。

「そうか? 亜人なんて冒険者になるしかないだろ」

「亜人さんたちは、みんな強いもんね」

「そういうことじゃなくて、職がねーから。特にオレは中学中退だし」

「私、小野原くんは、転校したんだと思ってた」

「いや。あれから学校には行ってない」

「そっか……」

 と紅子が呟く。

 彼女は詳しい事情を知っているのだろうか。クラスは違っても、噂を耳にしたことくらいあるはずだ。

 しかしその話題には、紅子は触れなかった。

「学校を辞めて、すぐに冒険者になったの?」

「いや、しばらくは何も。本当はすぐにでも働きたかったけど、父さんが反対だったから」

「小野原くんは、ご両親ともワーキャットなの?」

「父さんは人間だよ」

「じゃあ、ハーフなんだ」

「いや、本当の親じゃない。本当の親は顔も見たことねーけど、ワーキャットなのは間違いない。父さんがそう言ってたから。オレは父さんに……人間に育てられたんだ。父さんがオレを拾ったときにはもう離婚してたから、母さんはいない」

「そうなんだ……」

 紅子は神妙な顔をしていたが、小学校までの同級生や、近所の者など、多くの人間が知っていたことである。生い立ちを話すことに抵抗は無い。

「オレが学校に行かなくなっても、父さんはすぐに働くよりも、勉強の続きをしろって、オレは家で父さんに勉強を教えてもらってた。そんなに出来なかったけどな。元々、成績悪かったし」


 中学に通わなくなったのは、二年の夏からだ。家で勉強するなら、という条件で父親も認めてくれ、それから学校に行けとは一度も言われなかった。代わりに、毎日宿題を出された。

 自分では辞めたつもりの中学だったが、義務教育だからなのか、卒業の日には卒業証書が送られてきた。

 だから、正式には中退ではなく、中卒にはなるのだろう。一年少ししか行っていないのに、おかしな話だが。

 どちらにせよ冒険者になったのだから、関係ない。


「それから、いずれオレが冒険者になりたいんならって、毎日、戦いの訓練に付き合ってもらった。他にも色々教えてもらったな」

「お父さん、いい人なんだね」

 そう言った紅子の優しい瞳が、やわらかな光をたたえている。

 シオンの話を聴いて、シオンと父の関係を聴いて、素直に感動したのだろう。

 なんてまっすぐな、綺麗な感情の出し方をするんだろうと、シオンは感心した。

「ああ。あの人がいなかったら、オレはここでこうして生きてることもない」

「だから、小野原くんも優しいんだね」

「そうかな。オレは父さんとは全然似てない。父さんはのんびりしてたけど頭が良くて、ダンジョンのこともよく知ってた。元冒険者で、オレと姉さんは最初、父さんに剣を習った。でも、オレは剣はダメだったけど」

「お姉さんもいるんだね」

「ああ。オレたちが中一のとき、三年だったけど、浅羽は知らないと思う」

 目立つ人ではあったが、さすがに二学年も下だと知る機会はないだろう。運動神経の良さは間違いなく学校一だったと思うが、部活はしていなかったし、学校行事というものをとことん舐めていた。運動会や球技大会で間違いなく人気者になれる能力があるのに、すすんでさぼるようなところがあった。わざと補欠に回ったり、仮病を使って保健室に行っていたようだ。

 自信家だったが、自分の力を誇示することを好まなかった。自分の才能は、そんなところで使うものではないと、決めているかのように。


 シオンは久々に――いや、多分初めて、姉のことを人に話した。

 姉が死んで以来、初めて。

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