第13話 冒険者志願の少女(3)
「お待たせいたしました。番号札、二十六番でお待ちの方、どうぞ」
ようやく自分の番号を呼ばれたシオンは、もたれていた壁から背を離した。
体と壁の間で窮屈に挟まれていた尻尾が、解放されてぱたぱたと動く。
ワーキャットは、亜人十二族に分類される亜人種の中で、ワーウルフと並び、数が多い。
といっても、亜人全種族を合わせても、人口の二割程度だ。
外を歩けばそれなりに目を引く亜人の外見も、このセンター内では違和感なく溶け込む。
どちらかというと人間のほうが目立つくらいだ。
亜人はどうして誕生したのか、いまでも学者たちは議論を繰り広げているが、一般的に認知されているのが、人間の魔道士が生み出したという人造説だ。
いにしえの魔道士が、使い魔とした動物と融合させた生物で、その子孫が今日では亜人と呼ばれている。
あくまで人一部の人間が唱えたこの説を嫌う亜人もいるが、彼らにしても自分たちのルーツなど知らず、何故自分たちが亜人なのかと問われても、答えようがない。
また、人間ほどの探究心を持って解明しようとも思わない。
当の亜人たちも飽きている論争を、未だに多くの人間が繰り広げ、真実を究明しようとしているのだから驚く。
一生をかけてそんな研究をしても、自分たちの腹の足しにもならないだろうに、と思ってしまうのだ。
人間の知識欲の高さ、探究心の強さは、亜人たちも認めるところではある。
魔力を持つ者はそう多くなくても、優秀な
シオンは生まれたときからワーキャットで、今もこれからもそうで、しかも中学校中退という輝かしい経歴を持ち、もちろん仕事は無く、かといって再び学校に通う気も無くて、こうして週に一、二度は仕事を求め、冒険者センターに通っている。
そんなよくいる亜人の一人だ。
自分の前に受付に並んでいた少女と違い、亜人の場合は子供のような年齢であっても、保護者が認めれば審査無しで冒険者になれる。
成人に対する認識が、種族ごとに異なるからだ。
人間からすれば子供の年齢でも、種族によっては立派な成人とする場合もある。
シオンも父親の許を離れてから、十四歳で冒険者になった。
亜人とはいえ年齢も見かけも子供そのものだったので、保護者の承認は必要だった。そのときは父に代わり、父の友人が後見人となって後押ししてくれた。
人に混じって教育を受けていれば、いまごろは高校二年になっている。
しかしこれはこれで、冒険者という少々不安定な職業ながらも、社会人としてそれなりにやっているので、いまさら学校なんて行かなくてもいいだろう。
ちゃんと税金だって払っているし。
「二十六番の方、ご案内いたします」
再び番号が呼ばれた。
混んでいる中でもたもたして、順番を飛ばされてはかなわない。
窓口に向かうとき、セーラー服の少女とすれ違った。
自分の前に並んだこの人間の少女は、シオンの目にも目立っていた。
どうも見たことのある制服だと思っていたら、以前住んでいた地元の高校の制服だとシオンは気がついた。
自分と同じ歳くらいの人間は、苦手だ。
亜人は体臭や口臭がキツいとか、人間はそういう迷信を結構信じていて、若いうちは特に、そういったことを平然と口にする。
人間にだって体や口が臭い奴だっているだろうに。
結局、《人間》というグループに入り込んだ《亜人》というマイノリティは、自分たちの優位性を確認するのに、格好の標的になるというだけなのだ。
子供のときは、特にそうだ。
誰かが誰かに持った嫌悪感が、病気のように周囲に伝染する。
人間社会の中で生きてきた亜人は、感性も人間と近い、と思う。シオンの場合は、人間に育てられ、見かけも人間にほぼ近いので、余計に。
自分は人間じゃないのだと思い知らされることに、昔は傷ついたものだ。
それでも幼い頃は、同じように人間の子供達と遊んでいた。
小学校までは楽しかったし、父親もシオンが望むなら、人間の学校に通わせるつもりだったようだ。
だから中学も、当然のように人間の学校に通った。
だが、それくらいの年頃になると、子供もただ無邪気なだけではなくなる。親がそうなのか、亜人に対して明らかな差別を持つ者もいた。始末の悪いことは、そういう者にかぎって、やたらと声が大きいことだった。
そして、本心ではたいした主張はなくても、ただ仲間外れになりたくないからというだけで、同調する者もいる。
人間はことに集団生活を重んじる種だ。
人間の多くは、個になると弱い。そういう者たちは、強者の許に身を寄せ合う。強いリーダーを中心とした群れに属することで己を守ろうとする。
そうして出来たコミュニティは非常に排他的で、自分達の主義主張にそぐわないものに対して、冷徹である。
幼い子供の集団においても、同じだ。
シオンの通った中学校では、いじめが横行していた。
人間より身体能力で勝るシオンは、殴る蹴るというような暴力こそ受けなかったものの、陰湿な嫌がらせを受けた。彼らに不快な思いをさせた覚えはない。亜人というだけで馬鹿にされ、阻害された。
楽しかった小学校までとは違い、だんだんと馴染めなくなり、結局、途中で辞めることになった。
ワーキャットでありながら人間に育てられ、人間の中で生きてきた。
優しい人間たちを知っている。だから、彼らのすべてが亜人への偏見に満ちているわけじゃないことも知っている。
それでも中学時代をきっかけに、自分から積極的に人と仲良くしようと思うことはなくなった。
実力だけがものをいう冒険者は、その点では気楽だ。
年齢や見た目であなどられることはもちろんある。けれど、力があると分かれば、すぐにその評価は変わる。
そこには、子供か大人か、亜人か人間かなど、関係ない。
ただ、強いか弱いか。生きるか死ぬかだ。
「あれ? 小野原くん?」
「え?」
セーラー服の少女とすれ違った直後、背中に声がかかった。猫の耳がピクリと動き、声のほうを向く。
「小野原紫苑くん、でしょう?」
振り返って見た少女の顔を、すぐには思い出せなかった。
見たらしばらくは忘れそうにもない美少女である。
大きく人懐こそうな瞳が印象的だ。
最近会った奴なら、憶えていそうな気もする。
じゃないなら、昔の知り合いか。
学校の?
そう思うと、少し嫌な気分がした。
少女にではなく、学校から連想される、あまり思い出したくない記憶が蘇ってきたのだ。
亜人というだけで馬鹿にされたこと。
退学にいたるまでの経緯。
そんなことを思い巡らせていると、少女のほうから名乗った。
「私、
丁寧な挨拶と共に、少女はにこりと微笑んだ。
「お久しぶりです。元気だった?」
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